夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第21章 質問への答え

嵐が近づいてくるかのように、空が急に暗くなってきたので、ジョン・ペンデルトンの家を出たポリアンナは急いで丘を下りました。家まで半分ほどの道のりになったとき、傘を持ったナンシーに会いました。でもそのときには、もう雲は流れていってしまって、すぐにも雨が降り出すようには見えませんでした。
「雲は北に向かっているようですよ」
空をじっと見て、ナンシーがいいました。
「雨は降らないと思ったのに、奥様があたしに傘を持っていくよう頼んだんですよ。奥様は、心配していらっしゃったんですよ!」
「おば様が?」ポリアンナは、空の雲を見つめて、ぼんやりしたようにつぶやきました。
「あたしがいってることを聞いてないんですか」じれったそうにナンシーがいいました。「奥様が心配してくださったっていったんですよ!」
「ああ」ポリアンナは急におば様に聞かなければいけないことを思い出して、ため息をつきました。「ごめんなさい。おば様を心配させるつもりじゃなかったの」
「ああ、あたしはうれしいんですよ、ほんとに、ほんとに!」ナンシーは、意外なことをいいました。
ポリアンナはまじまじと見つめました。
「あら、ナンシー、ポリーおば様が、わたしのことで心配したのがうれしいだなんて!それはこのゲームの正しい遊び方じゃないわ。そんなことを喜ぶなんて!」そう、抗議しました。
「これはゲームじゃありませんよ」ナンシーはいい返しました。
「ゲームのことなんて考えていませんでしたよ。ほんと、子供だねぇ、奥様があなたのことを心配してくださったってことが、わかってないんだねぇ」
「あら、心配するって・・・心配するってことは、怖い思いをするってことでしょう」ポリアンナはいい張りました。「それ以外にどんな意味があるの?」
ナンシーは首を振りました。
「じゃあ、話しましょうかね。奥様に、ついに、人間味が出てきたってことですよ。ただ、いつも義務だけを果たしてる人じゃあ、なくなったってことですよ」
「あら、ナンシー」ポリアンナは、驚いて強弁しました。
「ポリーおば様はいつも義務を果たしているわ。だって・・・義務に忠実な人なんですもの」
ポリアンナは、無意識に30分前に聞いたジョン・ペンデルトンの言葉をまねしていました。
ナンシーはクスクス笑いました。
「そうですねぇ、ほんとに。奥様はいつもそうでした、あたしが思うに!でも、お嬢様がいらしてからは、それ以上の人になったんですよ。」
ポリアンナの表情が変わりました。眉をひそめて、困ったような顔をしました。
「それなのよ、そのことを聞こうと思ってたの、ナンシー」ため息をつきました。
「ポリーおば様は、わたしがここにいて欲しいって思ってると思う?も、もし、わたしが出て行ったとしたら、どう思うかしら?」
ナンシーは、熱心な少女の顔をチラッと見ました。いつかはこのことを聞かれるだろうと、ずっと前から予期していたのです。そして、恐れていました。どうやって答えようかと頭を悩ましていたのです。少女の心を残酷に傷つけないで、どうやって正直に答えようかと思っていたのでした。でも、今は、『もしかしたら』と感じていたことが、この午後の傘の件で、確信に変わりました。ナンシーは、今は心から喜んで質問に答えられます。今日なら、良心に誓って、愛に飢えている少女に安心させてやることができると思ったのでした。
「お嬢様をここにいさせるってことですか?お嬢様がいなくなったら、さびしがるかってことですか」ナンシーは憤慨したようにいいました。
「まるで、あたしが話していたことを聞いていなかったみたいじゃないですか!、奥様は、ちょっと雨雲が出てるだけで、急いであたしに傘を持たせたじゃないですか?奥様は、お嬢様がきれいな部屋を欲しがってるとわかると、あたしに、下のきれいな部屋へお嬢様の荷物を移すようにっていわれませんでしたか?ああ、ポリアンナお嬢様、最初はどれだけ奥様がいやがって・・・」
ナンシーはあわてて咳払いをしてごまかしました。
「それだけじゃないですよ」息をはずませてナンシーは続けました。
「奥様のちょっとした物腰で、お嬢様が奥様を和らげて、楽しませてるのかがわかりますよ。猫や犬のことをあたしに話してくれるときとか、たくさんのことがありましたよ。ああ、ポリアンナお嬢様、もしあなたがここにいなくなったら、どれだけ奥様がさびしがるか・・・わかんないんですか」
さっき、口をすべらしそうだったことを打ち消すために、ナンシーは特に熱を込めていいました。思いがけなかったことに、ポリアンナの顔は突然喜びで輝いてきました。
「ああ、ナンシー、わたし、うれしいわ、うれしいわ、ほんとにうれしい!おば様がわたしをそばにおきたいと思っていてくださることが、どんなにうれしいか、わからないと思うわ!」

「まるで、今すぐどこかに行っちゃうみたいだけど!」しばらくして、自分の部屋の階段を上りながらポリアンナは考えました。

「ポリーおば様と一緒に住みたいって、ずっと思ってきたわ。でも、ポリーおば様にわたしと一緒に住みたいって思って欲しいって、こんなに思ってたなんて知らなかったわ!」

ジョン・ペンデルトンが頼んだように、おば様の意見を聞くことは、とても難しく思えました。そして、怖気づいていました。ジョン・ペンデルトンはとても好きでしたし、本当に気の毒にも思っていたのです。なぜなら、彼は自分をとても不幸だと思っているようだったからです。ポリアンナも、ペンデルトンが長い間、孤独で、不幸せでいるのをかわいそうに思いました。そして、その長年にわたるわびしい暮らしの原因が、自分の母親にあることを悲しく思いました。大邸宅の主人が回復すれば、また部屋はひっそりと静まり返り、床は汚れ、机は散らかしっぱなしになることを想像してみました。ペンデルトンの孤独を思うと心が痛みました。どこかで、誰かに出会ってくれることを心から願いました。ここまで考えたとき、急にいい考えが浮かんできて、小さく叫び声をあげ、飛び上がったのです。

時間ができるとすぐに、ポリアンナはジョン・ペンデルトンの家に急ぎました。そして、それからすぐに、ペンデルトンと一緒に薄暗い書斎に座り、ペンデルトンは少女のそばにあるいすに腰掛けて、長いやせた手を安楽いすにおき、忠実な子犬は主人の足元にうずくまっていました。
「さあ、ポリアンナ、これからずっとわたしと一緒に『喜びのゲーム』をやってくれるかい?」男はやさしくいいました。
「ええ、そうです」ポリアンナはいいました。
「あなたが一番喜べることを思いついたんです。それは・・・」
「君と・・・一緒にかい?」ジョン・ペンデルトンは口の端を少しこわばらせて聞きました。
「い、いいえ・・・でも」
ポリアンナ、まさかここに来ないっていってるんじゃないだろうな!」怒りを含んだ声が、口をはさみました。
「でも、ペンデルトンさん、どうしてもだめなんです。ポリーおば様が・・・」
「あの人が・・・君を寄こすことを・・・断ったのかい?」
「あ、あの、おば様には聞いてないんです」少女は悲しげにどもって答えました。
ポリアンナ!」
ポリアンナは目をそむけました。自分の友人が、深く傷ついて悲しんでいる様子を見るのは耐えられませんでした。
「つまり、あの人に聞きもしなかったんだな!」
「できませんでした・・・ほんとに」ポリアンナは口ごもりました。
「だって、聞かなくてもわかったんですもの。ポリアンナおば様は、わたしにいて欲しいって思ってるんです。それに、わたしだって一緒にいたいんです」勇気を持って正直にいいました。「おば様がどれだけよくしてくださったか、ご存知ないんだわ。それに・・・ときどき、おば様は、ほんとに、喜ぼうってしていると思うんです。たくさんのことにです。わかるでしょう、おば様は前はそういう人じゃなかったんです。そういわれましたよね。ああ、ペンデルトンさん、おば様から今離れることなんてできません!」
長い沈黙がありました。ただ、鉄格子の向こうの暖炉の中でまきが燃えてパチパチいっている音だけが聞こえました。
「だめかい、ポリアンナ。わかったよ。今は・・・あの人から離れることができないんだな」
「もう君には聞かないよ・・・・二度とね」最後の言葉はとても小さくて聞き取りにくかったのですが、ポリアンナには聞こえました。
「ああ、でも、まだ話の続きがあるわ」聞いてもらおうと熱をこめていいました。
ポリアンナ、もういいよ」
「いいえ、よくありません。あなたがいわれたんじゃないですか。もし、女の人の手と心か、子供がいれば、家庭になるって。だから、わたしが、いい子を紹介してあげます。もちろん、わたしじゃないけど・・・違う子なんです」
「わたしが、君以外の子供を欲しいとでもいうのかい!」憤慨したような声でいいました。
「でも、会ってみれば、そういう気もおこるかもしれないでしょう。あなたは本当に親切でやさしいんですから!ほら、ガラス玉や、金のかけらを思い出してください。それから異教徒を救うためにためてきた大金を・・・」
ポリアンナ!」男は乱暴に口を挟みました。
「もうこれ以上ばかげた会話はやめにしよう!これまで、何回いおうとしたかわからないよ。わたしには、異教徒を救う金なんて一文もない。人生で、異教徒なんかに金をやったことは一度もないね。どうだい、わかったかい!」
男はあごをあげ、覚悟を決めて少女の反応を待ちました。ポリアンナは、がっかりして、どれほど悲しい目をすることでしょう。ところが、驚いたことに、ポリアンナの目はがっかりしたようでも悲しんだようでもありませんでした。ただ、うれしそうだったのです。
「あら、あら」手をたたいて叫びました。
「わたし、ほんとにうれしいわ!」赤くなって、あわてて言い直しました。
「今いったのは、異教徒の人たちを気の毒に思っていないってことじゃないんです。あなたが、インドの男の子を欲しがっていないってことがうれしかったんです。だって、みんな助けるっていえば、インドの子供なんですもの。インドの子より、ジミー・ビーンを引き取ってくださるのがうれしいんです。今それが、わかりました!」
「引き取るって・・・誰を?」
「ジミー・ビーンです。この子が家を家庭らしくしてくれる子供です。わかるでしょう。先週、西部のわたしの婦人会も彼を引き取ってくれないってことを伝えたんです。とてもがっかりしていました。でも、今は・・・これを聞いたら、どれだけ喜ぶでしょう!」
「その子が喜ぶだって?ああ、わたしは喜ばないよ」男ははっきりといいきりました。
ポリアンナ、これはまったくばかげているよ!」
「それって・・・ジミーを引き取らないってことですか?」
「もちろん、そのとおりだ」
「でも、ジミーがいたらすてきだわ」ポリアンナは口ごもりました。今にも泣きそうになっていました。
「それに、ジミーがいれば、一人にならずにも済むんです」
「それはそのとおりだろう」男はいいました。「でも、わたしは一人でいるほうがいい」

その一週間まったく思い出しもしなかったのですが、そのときポリアンナは、急にナンシーが以前いったことを思い出しました。少女は怒ったようにあごをあげていいました。
「あなたは、どこかに隠している白骨死体のほうが、生きている男の子よりいいっていうんですか?きっとそうなんだわ!」
「白骨死体だって?」
「ええ、ナンシーが、あなたの家の押し入れのどこかに隠しているといってました」
「ええ、なんだって・・・」急に、男は枕の上に仰向けになって笑いました。
本当に心から笑ったのです・・・あんまり笑ったので、ポリアンナは心配になって泣きそうになりました。それを見ると、ジョン・ペンデルトンはすぐにまっすぐに座りなおしました。顔はもとの怖い顔に戻っていました。
ポリアンナ、わたしが思うに、まったく君のいうとおりだと思うよ」男は静かにいいました。
「本当のところ、気立てのいい、生きている男の子の方が・・・押入れの中の白骨死体より、ずっといいってことは、わたしだって知っている。ただ、いつもかかわろうとはしないだけなんだ。みんな、ただ、白骨死体にしがみつこうとしてしまうんだ、ポリアンナ。そうはいっても、その気立てのいい男の子について、もう少し話してくれないかな」
そしてポリアンナは話し始めました。

たぶん、大笑いして気分が晴れたのでしょうか。それとも、心がすっかりほぐれてきて、ポリアンナが一生懸命な口ぶりで話すジミー・ビーンに同情したのでしょうか。話が終わると、その夜、ポリアンナが家に帰るときには、今度の土曜日にジミー・ビーンがポリアンナと一緒に来るようにと、誘えるようになっていたのでした。

「わたし、ほんとにうれしいわ。それに、ジミーを絶対に気に入ってくれると思うわ」ポリアンナは、さよならをいいながらため息をつきました。
「ジミー・ビーンにはほんとに家庭に入ってほしいと思うし・・・みんなそう願っているんですもの。そうでしょう」