夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第22章 説教とたきぎの箱

ポリアンナがジョン・ペンデルトンにジミー・ビーンのことを話した午後、ポール・フォード牧師は、丘に登って、ペンデルトンの森に入るところでした。神のおつくりになった戸外の静けさと自然美の中で、神の子らがつくりだす騒ぎが静まることを祈るためでした。
ポール・フォード牧師は、心を痛めていました。年がたつにつれ、毎月、毎月、担当の教区の状況が悪くなるばかりでした。どちらを向いても、けんかや、陰口、醜聞、嫉妬ばかりでした。牧師は、助言を与え、懇願し、厳命し、ときには見ないふりをしました。そして、いつも、懸命に、願いを込めて祈ってきたのでした。でも、今では、現状はいっそう悪くなるばかりであることを認めざるをえませんでした。

二人の役員は仲が悪く、ささいなことで無駄にいい争っていました。最も信頼を寄せていた三人の女性は、噂話が火種となり、心無い人々がおもしろおかしくいいふらして大きな醜聞となったことから、婦人会を辞めてしまいました。聖歌隊は、独唱がお気に入りのメンバーにいつも振られたことから、分裂してしまいました。キリスト尽力委員会も、二人の委員にひどい批判が向けられ、大騒動になっていました。日曜学校でも、校長と二人の教師が辞表を出していました。それが引き金となり、この静かな森で祈りをささげ瞑想にふけるために、傷ついた牧師は足を運んだのでした。
緑の天蓋の下で、ポール・フォード牧師は、問題を真正面から見つめなおしました。危機が迫っていることは明らかでした。今すぐにでも、何かをなさなければならないのです。教会の仕事は、すべてに行き詰っていました。日曜礼拝、平日の祈祷会、慈善事業のお茶の会、夕食、社交の集いでも、参加者は減るばかりでした。確かに、熱心な会員もいるにはいましたが、彼らは人の足をひっぱることばかりに熱心で、いつも批判的は目で眺め回し、自分たちが見たことをいいふらすのでした。

神の僕(しもべ)であるフォード牧師には、教会、街、そして信仰そのものが、苦しみにあえいでいることがよくわかっていました。そして、これからもっとひどくなるかもしれないのでした。
明らかに、今すぐに何かをなさねばなりませんでした。しかし、どう手を打てばいいのでしょうか?
ゆっくりと、牧師はポケットから、次の日曜日の説教のメモを取り出しました。額にしわをよせてそれを眺めていました。そして、口元を引き締めて、聖書の章を、感情をこめて声を出して読んでみました。
「偽善者なる書士とパリサイ人たち、あなた方は災いです! あなた方は人の前で天の王国を閉ざすからです。あなた方自身が入らず、また入る途中の者が入ることをも許さないのです」
「偽善者なる書士とパリサイ人たち、あなた方は災いです! あなた方は、やもめの家を食いつぶし、 見栄えのために長い祈りをしています。 だから、あなた方は、人一倍ひどい罰を受るのです」
「偽善者なる書士とパリサイ人たち、あなた方は災いです!あなた方は、はっか・いのんど・クミンの十分の一を納めながら、律法のより重大な事柄、すなわち公正と憐れみと忠実を無視しているからです。これらこそ行なうべきことだったのです」

厳しい裁きの言葉でした。木々がおいしげる緑の小道に、牧師の低い声は容赦なく響き渡りました。小鳥やりすでさえも黙り込み、静かになりました。来週の日曜日、教会の厳かな静けさの中で、礼拝者の前でこの章を読めば、自分の声がどう受け取られるかがはっきりとわかりました。
この人たちこそ牧師が守るべき人々でした。これまで守ってきたのです。その人々の前でこの裁きの章を読むべきでしょうか?それとも思い切って、やめるべきでしょうか。この裁きの文句の後に自分の言葉を続けなくとも、すでに、非常に厳しい非難の言葉として響くでしょう。牧師は必死に祈りました。神の助けと手引きを心から祈りに祈ったのでした。どれだけ神の助けを請い願ったことでしょう!この難局に直面しては、それだけが唯一の頼みの綱でした。でも、これが解決につながるのでしょうか。

牧師はゆっくりとメモをたたむと、ポケットに押し込みました。それから、ため息をつき、うなり声をあげると、木の根元に身を投げ出し、両手で顔を覆いました。
ちょうどそのとき、ペンデルトン宅から帰るポリアンナが通りかかり、叫び声をあげて近寄ってきました。
「あら、あら、フォード牧師!もしかして、足を折ったんですか、それとも何かあったんですか?」少女は呼びかけました。
牧師は手を下ろして、あわてて顔を上げました。そして、無理に笑顔を作ろうとしました。
「いや、お嬢さん、なんでもないよ。ちょっと・・・休んでいるんだ」
「ああ」ポリアンナはため息をついて、少し後ろに下がりました。
「それなら、大丈夫です。ペンデルトンさんが足を折っているのを、わたしが見つけたんです。でも、ペンデルトンさんは横になっていましたが、あなたはまっすぐに座ってらっしゃるもの」
「ああ、ちゃんと座っているよ。医者が治せるような問題は、何もないよ」
最後の言葉は小さな声でしたが、ポリアンナには聞こえました。彼女の表情がさっと変わりました。目は心配そうになり、やさしさで光っていました。
「いわれたことがわかります。何かに悩んでいるんですね。わたしのお父様もしょっちゅう、そうでした。牧師って仕事はそうなんですね・・・ほとんどいつも。だって、牧師さんはたくさんの人に頼られているんですもの」
フォード牧師は少し不思議そうにいいました。
「ポリアンナ、君のお父さんは牧師だったのかい?」
「ええ、そうです。知らなかったんですか。みんな知ってるものと思ってました。お父様は、ポリーおば様のお姉さんと結婚しました。それがお母様です」
「そうかい、わかったよ。でも、わたしはこの教区に長くいたわけじゃないんだ。だから、みんなの事はあまり知らないんだよ」
「そうでしたか」ポリアンナは微笑みました。
それから二人ともしばらく黙っていました。木の根元に座っている牧師は、ポリアンナがいることを忘れているようでした。ポケットから紙を取り出して広げてみました。でも読んではいませんでした。ただ、少し離れた所に落ちている枯葉をながめていただけでした。そして、それは美しい落ち葉ではありませんでした。枯れた茶褐色の葉っぱだったのです。牧師を見ていたポリアンナは、少し気の毒に思いました。

「きょ、今日は、いいお天気ですね」ポリアンナは願いをこめて話しかけました。
しばらく、返事はありませんでした。牧師は少女を見上げました。
「え?ああ、そうだね、いいお天気だね」
「それに、ぜんぜん、寒くありませんね、10月なのに」いっそう元気そうにポリアンナはいいました。
「ペンデルトンさんは暖炉をつけていましたが、寒いからじゃないっていってました。見るためだって。わたしも火を見るのが好きなんです。牧師さんもそうですか?」
新しい話題を持ち出す前に、ポリアンナは辛抱強く待ちました。でも、返事はありませんでした。
「牧師の仕事は好きですか?」
すぐに、フォード牧師は少女を見上げました。
「好きかって?ああ、なんておかしな質問なんだ。なんでそんなことを聞くんだい?」
「別に・・・あなたを見ているとどうかなって思ったんです。お父様を思い出しました。お父様も時々、そういうふうな顔をしていたんです」
「そうかい?」牧師の声は丁寧でしたが、目は地面の枯葉を見ていました。
「ええ、それに、お父様にも牧師の仕事は好きですかって聞いてみたんです」
木の下にいた牧師は少し悲しげに微笑みました。
「それで、お父さんはなんていったんだい?」
「ああ、もちろん、お父様は好きだよっていってくれました。でも、いつも、こうもいっていました。もし、喜びの句がなかったら、牧師の仕事を続けることはできなかっただろうって」
「よ・・・なんだって?」フォード牧師は枯葉にやっていた目をあげて、驚いたようにポリアンナの明るいな小さな顔を見つめました。
「ええ、お父様はそう呼んでいたんです」少女は笑っていいました。
「もちろん、聖書にそう書いてあるわけではありませんけど。でも、『主にありて喜べ』とか『大いに喜べ』とか『喜びて歌え』とかで始まる文句がたくさんあるでしょう。ほんとにたくさんね。一度お父様がすっかり困りきっているときに、数えたんですって。そしたら800もあったんですって」
「800もだって!」
「ええ、だから、聖書は、喜んでうれしがることを教えてるんです。わかるでしょう。それで、お父様は『喜びの句』って名づけたんです」
「ああ!」牧師はきまり悪そうな顔をしました。目では「偽善者なる書士とパリサイ人たち,あなた方は災いです!」と書かれた手元にある紙を見ていました。
「あなたのお父さんは・・・『喜びの句』が好きだったんだね」そう小さくいいました。
「ええ、とっても」ポリアンナは、うなずいて力を込めていいました。
「お父様は、初めて『喜びの句』を数えた日に、もう気分がすっかり晴れたっていってました。もし、神様が喜べ、うれしがれって、800回もおっしゃっているんだったら、わたしたちに、少しでもそうして欲しいって思われているに違いないって。それでお父様はもっと喜ぼうとしないことを恥ずかしく思ったんですって。それから、問題が起こるたびに、これらの句がなぐさめてくれたんです。婦人会でけんかがあったり、あっ、つまり、何かで意見があわないときとかです」ポリアンナは急いでいい直しました。
「『喜びの句』があったから、ゲームを思いついたんです。わたしと、松葉杖のことから始めました。でも、お父様は『喜びの句』から思いついたっていってました」
「それで、そのゲームはどんなものなんだい」牧師は尋ねました。
「どんなことにも、喜べることを探すゲームです。さっきいったみたいに、松葉杖から始めたんです」
ポリアンナは、またここで、いつもの話を始めました。今度は、牧師は優しい目と理解ある耳で聞いていました。
少しして、ポリアンナは、牧師と手をつないで丘を降りました。ポリアンナは顔は輝いていました。おしゃべりが大好きでしたし、ずいぶん話しまくっていました。牧師は興味をもって聞いてくれ、ゲームや、お父様のこと、昔の家での生活など、話したいことがたくさんあったのです。
ポリアンナと牧師は丘のふもとで別れて、別々の方向に向かって歩き出しました。
その晩、フォード牧師は、書斎に座り考え込んでいました。机の上には、手元に広げられた説教のメモがありました。
手に鉛筆を握り、何か書こうとしていましたが、紙には何も書かれていませんでした。そのとき、牧師は、紙に書いてあることや、これから書こうとすることを考えていたのではありませんでした。貧しく、病気で、苦悩を抱えており、世界に頼る人もほとんどいない牧師がいた、はるかな西部の小さな町のことを考えていました。しかし、その牧師は、聖書を熟読して、神が「喜び楽しめ」と教えていることを学びとったのでした。
しばらくして、フォード牧師は長い吐息をつき、西部の町への思いから我に返って、手元の紙を置きなおしました。
「マタイ13章、14章、23章」と書きましたが、いらいらしたように鉛筆を置き、さっき妻が机の上に置いていった雑誌を取り上げました。気乗りしないように段落から段落へと目を走らせていましたが、次の一節に目が留まりました。
「父はある日息子にいいました。『今朝、お前が、お母さんのために、たきぎを入れる箱にたきぎを積んでおくのをいやがったのは知っている。でも、トム、お前はお母さんのためなら、喜んで出かけて行ってたきぎを探してきてくれるね』
トムは何もいわないですぐに出かけていきました。どうしてでしょうか?父親は、息子がただ正しいことをするのを信じていたからです。
もしこういったらどうでしょう。
『トム、お前がお母さんに今朝なんていっていたかを聞いたよ。情けないといったらありはしない。すぐに行って、たきぎの箱をいっぱいにしなさい!』
トムが、たきぎを箱に積もうとしないのは、明らかです」
牧師はあちこちめくりながら、ぱらぱらと読んでいました。
「みんなが望んでいるのは、励ましなんだな」
人間の天性の傾向性は強められるべきであって、損なわれるべきではありません。ただ、人の欠点をあげつらうのではなく、長所をほめるべきです。これまでの悪い習慣を捨てさせ、あえて挑戦していこうする良い面を伸ばしてあげるべきです。
人を助け、希望を与える、美しい人徳は、人々の間に広まるものであり、やがては街中を変えていくことでしょう。みな、美しい心で輝いていくでしょう。もし、隣人が親切で、手を貸してくれようとすれば、またその隣人も、すぐにそのように振舞っていくでしょう。しかし、隣人をしかり、にらみつけ、批判するようであれば、隣人はもっと渋い顔をしてくることでしょう。悪いことを予期していれば、悪い結果となるものです。物事のいい面を探そうとすれば、それが見えてくるものです。息子のトムには、彼が喜んでたきぎを箱に積むことはわかっているよと、いってやればいいのです。そして、息子が仕事にかかるのを期待して、じっと見守っていればいいのです。
牧師は雑誌を置き、あごを上げました。それから立ち上がり、狭い部屋を行ったり来たり歩き回りました。だいぶたってから、長いため息をつき、机の前のいすに腰を下ろしました。
「神様がお助けになったのだ、よし、やるぞ!」小さな声でいいました。
「わたしのトムたちに、たきぎの箱を喜んでいっぱいにしてくれることがわかっているといおう!課題を与え、喜ばせ、うれしがらせて、他人のたきぎの箱に注意を払う暇もないようにしよう!」
それから、説教のメモを手に取ってびりりと二枚にさいて、投げ捨てました。いすの片側には「あなたがたに災いがあります!」と書いてある紙片が落ち、もう片側には「偽善者なる書士とパリサイ人よ!」という紙片が落ちました。牧師は、まだほとんど何も書かれていない目の前の紙に向って、マタイ13章、14章、23章書かれている上に横棒を引きました。

次の日曜日のフォード牧師の説教は、集った男女および子供たちの良心を高らかに呼び覚ますラッパの音でした。そして、それはポリアンナが話してくれた800の喜びの句からの引用だったのです。
「ただしき者よ、エホバを喜び楽しめ。
  すべての直き者よ、喜びよばうべし」