夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第11章 ジミーとの出会い

八月が来ました。八月は、驚きと変化の連続でした。しかし、ナンシーはどれにも大して驚きはしませんでした。ポリアンナが来てからというもの、ナンシーは驚きと変化を心待ちにするようになっていたのです。

ことの起こりは、子猫でした。
ポリアンナは、離れた道端で子猫がミャーミャーいっているのを見つけました。近所で子猫をを探している人がいないか尋ねた後、ポリアンナはすぐ家に連れて帰りました。

「誰も持ち主がいないんで、うれしかったわ」陽気な自信にあふれて、おば様にいいました。
「だって、家に連れて帰りたかったんですもの。子猫は大好きなの。おば様も喜んでくださるって知ってたわ」
ポリーは、ポリアンナの腕の中のあわれな灰色の捨て猫を見て身震いしました。ポリーは猫が大嫌いでした。たとえ、かわいくて、健康で、きれいであってもです。

「きゃあ!ポリアンナ!なんて汚いけだものを連れてきたの!それに病気じゃないの。疥癬にかかって、のみだらけなのに違いありません」
「そうなの、かわいそうに」ポリアンナはやさしく小声でいって、おどおどしている子猫の目をのぞきこみました。
「こわがって、ふるえてるの。わたしたちが飼ってくれるってことを知らないんだわ」
「いいえ、そんな猫を飼う人なんていませんよ」ポリーはきっぱりといいました。
「でも、きっといるわ」ポリアンナはおば様のいっていることをとり違えていいました。
「もし誰も持ち主がいなかったら、うちで飼うっていったんです。おば様が喜んでくださるってことがわかってたんです。かわいそうな子猫ちゃん!」

ポリーは何かいおうとして唇を開きましたが、いえませんでした。ポリアンナが来てからというもの、不思議な無力感に襲われ、だんだんそれが強くなってきたのです。

「もちろんわかってたわ」
ポリアンナは感謝して急いでいいました。
「おば様はわたしを預かってくださったんですもの、捨てられた子猫の追い出したりなんかしないってわかってました。フォード夫人から飼えるかって聞かれたとき、そういったんです。わたしには婦人会の人がいましたけど、この子猫には誰もいないんですもの。おば様ならそれがわかってくださるだろうって」うれしそうにうなずきながら、部屋を出て行ってしまいました。

「でも、ポリアンナポリアンナ
ポリーは言い返しました。「わたしは・・・」
でも、ポリアンナは、もう台所に入りかかっていました。
「ナンシー、ナンシー、ポリーおば様がこの子猫を飼っていいっていってくださったの、見て見て!」
ポリーはイスに座り込んでいました。猫は大嫌いでした。落胆してイスに倒れこみながら、いい返す気力はありませんでした。

次の日は、子猫よりもっとみじめで汚ならしい犬を連れてきました。また、あっけにとられている間に、ポリーは、ポリアンナが心から信じている、やさしい保護者・慈悲深い天使の役を演じるはめになってしまいました。猫よりもまだ犬がきらいであるにもかかわらず、ポリーは前の通り、抗議する気力をなくしていました。

それから一週間以内に、ポリアンナは今度は、ぼろぼろの服を着た小さな男の子を連れてきました。ポリアンナは自信たっぷりで男の子を保護して欲しいといいましたが、ポリーが反対しました。こういうことがあったのです。

晴れた木曜日の朝、子牛のゼリーを持って、ポリアンナはまたスノウ夫人のところへ出かけました。スノウ夫人とポリアンナは今では親友になっていました。三度目の訪問で、ポリアンナがゲームのことを話してから、すっかり仲良くなったのです。今では、スノウ夫人もポリアンナと一緒にゲームに挑戦しています。もちろん、スノウ夫人はゲームはあまり上手ではありませんでしたが・・・あんまり長いこと何でも悲しむくせがついていたので、喜ぶことが難しくなっていたのです。でも、ポリアンナの朗らかな励ましと、間違えたときの楽しい笑いで、どんどん学んでいきました。今日は、ポリアンナが子牛のゼリーを持ってきてくれてうれしいとさえいい、ポリアンナが大喜びしました。ちょうどそれが食べたかったといってくれたのです。玄関でミリーがポリアンナに、牧師の奥さんがその日、同じタイプのゼリーをボールに一杯届けてくれたといっていたにもかかわらずです。

突然男の子に出会ったとき、ポリアンナはスノウ夫人のことを思い返していました。

少年は、道路の脇にある瓦礫の山に腰掛けて、心ここにあらずといった調子で、小枝をピューピューふりまわしていました。
「こんにちは」ポリアンナは笑って愛想良くいいました。
少年は見上げましたが、すぐに目をそらしました。

「こんにちはっていってなよ」そうつぶやきました。
ポリアンナは笑いました。
「まるで、子牛のゼリーをもらっても喜べないってふうに見えるわ」
そうクスクス笑いながら立ち止まりました。
棒を落ち着かなく振り回していた少年は、驚いた顔をしてポリアンナを見ましたが、また棒を振り回し、手には刃のこぼれたナイフを持っていました。

ポリアンナはためらいましたが、そばの草むらにゆっくりと座りました。「婦人会の人に慣れている」「子どもがいなくても大丈夫」といってはいましたが、同年代の友達がいなくて時々ため息をついていたのです。だから、すっかりその子と友だちになる気でいました。

「わたしの名前はポリアンナ・ホイッターよ」陽気な調子で紹介しました。
「あなたは?」
「ジミー・ビーン」気のない様子で少年は答えました。
「良かった。これで紹介できたわね。名前をいってくれてうれしいわ。いってくれない人もいるもの。でしょう?ポリー・ハリントンの家に住んでいるの。あなたはどこに住んでいるの?」
「どこにも住んでないさ」
「どこにもですって!そんなことありえないわ。みんなどこかに住んでいるでしょう」ポリアンナはいいはりました。
「そうだな、でも今のところは。新しく住むところを探しているんだ」
「ああ!それはどこなの?」
少年はこばかにしたようにポリアンナを見ました。
「ばかだな!まるでぼくがどこを探せばいいか知っているみたいじゃないか!」
ポリアンナは頭を少し傾けました。この男の子はたしかに育ちのいい子ではありませんでした。ポリアンナは「ばか」と呼ばれることがきらいでした。それでも、その子は「大人」ではなかったのです。
「前はどこに住んでいたの?」
「まったく聞くのがやめられないんだな!」男の子は落ち着かないようにため息をつきました。
「聞かなくちゃならないんですもの」ポリアンナは静かにいいました。
「じゃなきゃ、あなたのことがわからないわ。もしあなたから話してくれるなら、わたしからはそんなに聞かないわ」

少年は短く笑いました。内気な笑いで、気のりしないようでした。でも、今度話すときには、少し明るい顔つきになっていました。
「わかったよ。話すよ!ぼくはジミー・ビーンで、10歳だけど、もうすぐ11歳になるところさ。去年、孤児院に入るために来たんだけど、あんまり子どもが多すぎて、ぼくの場所なんてほとんどなかったのさ。それにぼくが思うに、誰もぼくを欲しがってはいなかったよ。だから、逃げ出したのさ。どこか他に住もうと思ってるんだけど、まだ見つかってないよ。家に住みたいな・・・普通のだよ、わかるだろう?寮母さんじゃなくって、お母さんがいてくれるところさ。家があれば、家族がいるってことだもんな。お父さんが死んじゃってから、誰も頼る人がいなくなったんだよ。だから探してるとこさ。四件尋ねたんだけど、誰もぼくを欲しくないって。もちろん、何でもしますっていったんだけどさ。さぁ、これで聞きたいことは聞けたかい?」最後の方にくると、声がかすれていました。

「まあ、なんてかわいそうなんでしょう!」同情するようにポリアンナがいいました。
「誰もあなたが欲しくないの?まあ!その気持ちわかるわ。わたしのお父様が亡くなってから、婦人会の人たちしかいなかったんですもの。ポリーおば様が引き取ってくださるまでは・・・」
ポリアンナは突然口を閉じました。すばらしいアイディアがひらめいたのです。
「ああ、あなたが行ける場所を知っているわ」ポリアンナは叫びました。
「ポリーおば様なら引き取ってくださるわ・・・絶対よ!わたしを引き取ってくださったんですもの!誰もほしがらなくて行き場のない、毛がぼさぼさのや、毛がはげかかった動物まで引き取ってくださったんですもの。猫や犬のことよ。さあ、一緒に来て。ポリーおば様なら、あなたを引き取ってくださるわ!おば様が、どれだけ親切ないい人なのかわかったら、あなたはびっくりするわ!」
ジミー・ビーンの小さなやせた顔が、輝きました。
「本当かい?すぐに住まわせてくれるかい?働くさ、絶対に、ぼくは強いんだ!」
小さなやせた腕をまくりました。
「絶対よ、ポリーおば様はこの世で最高の女の人なんだから。お母様が天国の天使になってしまわれた後ではね。そして、部屋ならたくさんあるんですもの」
ポリアンナは飛び跳ねながら、少年の腕を取っていいました。
「とっても大きい家なの。でもたぶん」少し気兼ねして急いで付け加えました。
「たぶん、最初は屋根裏部屋に住まなくちゃいけないわ。でも網戸がついているから、そんなに暑くはないはずよ。だから足にばい菌をつけているハエも入って来れないわ。ハエのこと知ってた?すごいでしょ!いい子にしてたら、おば様が本を貸してくれるわ。ううん、悪い子にしてたらかもしれない。それに、あなたもそばかすがあるわね」少年をじっと見ました。
「だから、部屋に鏡がないのがうれしいと思うわ。外の景色は、どの絵よりも美しいし、その部屋で寝起きすることが気にならないと思うわ。絶対に」ポリアンナは息をはずませて、急に、しゃべるのをやめてまず、息を整える必要があることに気づきました。

「すごいや!」ジミー・ビーンは短く叫びました。わけがわからないようでしたが、感心したふうでもありました。そしていいました。
「そんなにぺらぺらしゃべる子、初めて見た。いい終わるまで、質問はしないでって走ってるようだよ」

ポリアンナは笑いました。
「そうね、とにかく、うれしいはずだわ。わたしがしゃべっている間は、あなたはしゃべらなくていいもの!」

家に着いたとき、ポリアンナは何のためらいも無く、驚いているおば様の前に、友だちを連れてきました。

「ああ、おば様」うれしそうにいいました。「こっちを見て!これまでよりもっとすてきなのを連れてきたわ。今飼って下さってる毛がぼさぼさのやはげてるんじゃなくて、本当の男の子なの。最初は、屋根裏で寝ることもちっとも気にしないんですって。働くっていってるわ。でも、わたしの遊び相手になるために、ほとんどわたしといることになるんでしょうけど」

ポリーは真っ青になり、それから真っ赤になりました。ポリアンナのいっていることはよくわかりませんでしたが、もうそれ以上、聞きたくはありませんでした。
ポリアンナ、これはどういうことですか?この汚らしい男の子は誰ですか?どこで拾ってきたの?」鋭く尋ねました。
汚らしい男の子は後ずさりしてドアを振り返りました。ポリアンナは愉快そうに笑いました。
「あら、この子の名前をいうのを忘れていたわ!あの人と同じぐらい記憶力が悪いわね。それにこの子は汚いでしょ。ちょうど、毛がぼさぼさのや、はげてるのがうちに来ておば様が引き取ってくださった時と同じように。でも、洗えば犬や猫みたいに、この子だってきれいになるわ。ああ、また忘れるところだったわ。このこの名前はジミー・ビーンっていうんです、ポリーおば様」

「この子はここで何をしているの?」

「あら、ポリーおば様、いったでしょう!」ポリアンナの目は驚きで見開かれていました。
「引き取っていただくためよ。この子に住む家をあげるの。ここに住むのよ。この子は住む家と家族が欲しいの。おば様は、わたしにも、犬や猫にもほんとに良くしてくださってんですもの、この子にも良くしてくださるに違いないわ。だって、犬や猫よりずっとすてきなんですもの」

ポリーはイスに倒れこみ、震える手をのどに当てました。いつもの無気力感にまた襲われてしまいました。はた目にも明らかに困惑していましたが、気を取り直して立ち上がりました。

ポリアンナ、もう結構です。これにはもうがまんできません。野良猫や毛のはげた犬だけで、もうたくさんだというのに、今度は道から汚いこじきを拾ってきて・・・」
そのとき、少年がさっと動きました。目は光り、あごを突き出していました。小さな足で二歩跳びよると、すごい剣幕でポリーにいいました。
「ぼくはこじきじゃないよ、奥さん。何も欲しいなんていってやしないさ。食べるために、仕事を探してんだ、もちろん。あんたがどれだけ親切ないい人で、ぼくを死ぬほど欲しがってるってこの子がいわなけりゃ、あんたのお屋敷になんか来やしなかったんだ。あばよ!」
そういうと、くるりと向きを変えて、片意地を張って部屋から大またで出て行きました。その姿が哀れでした。
「まあ、ポリーおば様」ポリアンナがのどを詰まらせていいました。
「どうして、あの子が来て、喜んでくださると思ったのに・・・」
ポリーは手を上げて黙りなさいという合図をしました。ポリーの神経はすっかりずたずたになっていました。「親切ないい人」といった男の子の言葉がまだ耳にこだましていました。いつもの無力感に襲われていましたが、それでも気力をふりしぼっていいました。
ポリアンナ、『喜ぶ』とか『うれしい』とかいう言葉を使うのをいいかげんにやめなさい。朝から晩まで、『うれしい』『うれしい』って、気が狂いそうだよ」
心底驚いて、ポリアンナはぽかんと口をあけました。そして一息ついていいました。
「あら、おば様、おば様がわたしを引き取ってうれしいものだと・・・あっ!」ポリアンナはしゃべるのをやめると、手に口を当て急いで無我夢中で部屋から出て行きました。

少年が車道に出る前に、ポリアンナはその子に追いつきました。
「待って!待って!ジミー・ビーン、どんなに申し訳なく思ってるかわかって欲しいの」息をはずませながら、少年をつかまえました。
「もういいよ!あんたに怒ってるわけじゃないよ」少年はふくれていいました。
「でも、ぼくはこじきじゃないよ」語気強くいいたしました。

「もちろん、違うわ。でもおば様をうらんで欲しくないの」ポリアンナはいいました。
「たぶん、わたしの紹介の仕方が悪かったと思うの。おば様にあなたがどんな子かうまくいえなかったわ。おば様は親切でいい人なの。ほんとよ。いつもはそうなの。でも、わたしの説明が悪かったの。どうにかして、あなたに別の場所を探せるといいんだけど!」

少年は肩をすくめて、そっぽを向きました。
「もういいよ。自分でみつけるよ。こじきじゃないんだからさ」
ポリアンナは考え深げに眉をよせました。急に向き直ると、明るい顔でいいました。
「そうだ、思い出したわ!今日の午後、婦人会の集まりがあるの。おば様がそうおっしゃってたわ。みんなに聞いてみるわね。お父様はいつもそうしてたの。異教徒の教育とか新しい絨毯(じゅうたん)のこととか。わかるでしょう」

少年は怒ったようにいいました。
「ぼくは、異教徒でもなけりゃ、新しい絨毯(じゅうたん)でもないよ。それに、婦人会ってなんだい!」
ポリアンナは、信じられないという調子でいいました。

「あら、ジミー・ビーン、いったいどこで育ったの?婦人会を知らないなんて!」
「ああ、もういいよ・・・話してくれないんならさ」鼻を鳴らして、少年は背を向けて行ってしまおうとしました。

ポリアンナはすぐに少年のわきに飛びつきました。
「たくさんの女の人たちが集まって縫い物をしたり、夕食を出したり、募金を集めたり・・・それから、おしゃべりしたり・・・それが婦人会よ。みんなとってもやさしいの。少なくとも、わたしがいたところではね。ここの婦人会には行ったことがないの。でも、きっとみんないい人だと思うわ。今日の午後、あなたのことを聞いてみるわね」

また、男の子は怒ったようにいいました。
「どうせ、何もできっこないさ!今度は一人じゃなくて、大勢がぼくのことをこじきっていうのを聞くようになるのがおちさ。どうせ!」

「あら、あなたはそこに来なくていいのよ」ポリアンナはすぐにいいました。
「わたしが一人で行くわ、もちろん。そして聞いてみるわ」
「そうしてくるのかい?」
「ええ、今度はうまくいうわ」
ポリアンナは急いでいうと、少年の顔つきが少し和らぐのを見ました。
「あなたを喜んで引き取りたいっていう人がきっといるわよ」
「ぼくは働くよ。それをいうのを忘れないでくれよ」少年は念を押しました。
「もちろんよ」ポリアンナはうれしそうに約束して、それが大事な点だと思いました。
「明日結果を知らせるわ」
「どこで?」
「道路のわき・・・今日会ったところで、スノウ夫人の家のそばよ」
「わかった、そこにいるよ」
一息おいて、ゆっくりいいました。
「今晩は、孤児院に戻ったほうがいいな。他に行き場がないんだ。今朝までそこにいたんだけど、そこから抜け出してきた。戻らないとはいわなかったよ。そうじゃなけりゃ、戻ってこないと思ってるだろうよ。ぼくが見えなくったって心配しているようには見えないんだ。家族じゃないからさ。わかるだろ。気にしてないのさ」
「わかるわ」同情してポリアンナはうなずきました。
「明日会う時までに、あなたの家と家族を探しといてあげるわ。さようなら!」明るくそういって、家の方に戻っていきました。

そのとき、居間の窓から、ポリーは二人の子どもを眺めていました。心配そうな目つきで少年が角を曲がって視界から消えてしまうまで、じっと見ていました。それからため息をついて、きびすを返し、落ち着かない様子で階段を上っていきました。ポリーは通常、落ち着かない様子でいることなどありませんでした。耳には、まだ、こばかにしたような少年の「親切ないい人」という言葉がこだましていました。すっかりとほうにくれている今、彼女の心にはわびしい奇妙な感覚がありありとせまってきたのでした。