夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第10章 スノウ夫人の驚き

ポリアンナがスノウ夫人を二回目に訪れたとき、病人は、暗い部屋に寝ていました。
「ポリーさんのところの女の子が来ました」ミリーが疲れた様子で告げると、ポリアンナは病人と二人で部屋に取り残されました。

「あぁ、おまえさんかい?」ベッドから不機嫌な声が聞こえました。「あんたを覚えているよ。あんたに一度会った人なら、誰だって覚えているだろうね。昨日来てもらえば好かったんだよ。来て欲しかったのは昨日だよ」
「そうでした?そうね。昨日が今日からずっと前ってわけじゃないのがうれしいわ」
ポリアンナは笑いながら朗らかに部屋の中に入ってきて、バスケットを注意深くイスの上に置きました。
「あら、ここは暗くないですか?あなたが全然見えないわ」
そういうと、平気で窓に近寄り日よけを開けました。
「こないだわたしがやったみたいに、髪を整えてくれているか見たいんです。あら、やってないのね!でも、大丈夫。むしろ、髪が乱れていてうれしいぐらいだわ。後でわたしに髪を直させてくれるかもしれないものね。でも、先に何を持ってきたかを見て欲しいんです」
病人は落ち着かないふうに体をゆすりました。

「料理がよく見えると、味でも変わるようにいうね」そう皮肉っぽくいいましたが、目はバスケットを見ていました。「何なんだい?」

「あててみて!何が食べたい?」
ポリアンナはスキップをしてバスケットのところに戻りました。ポリアンナの顔は晴れやかでしたが、病人の顔は曇っていました。
「ああ、食べたいものなんか、なんにもないよ。結局は、みんな同じ味に感じるよ」といって、ため息をつきました。
「これは違うわ。あててみて!もし食べたいとしたら、何が食べたい?」
病人は困りました。気づいてはいませんでしたが、あまりに長いこと無いものばかりを欲しがってきたので、何が目の前にあるかを見ないでは、自分の欲しいものがいえなくなっていたのです。でも、明らかに、この状態では何かいわなくてはなりませんでした。風変わりな女の子が答えを待っていたからです。
「えっと、もちろん、子羊のスープ」
「あるわよ!」喜んでポリアンナがいいいました。
「今、それがいらないっていおうとしたんだよ」胃につめこみたいものが今度は何かわかって、ため息をつきながらいいました。
「わたしは、鳥肉が食べたいね」
「あら、それもあるわよ!」ポリアンナがクスクス笑いました。
病人は驚いて体を起しました。
「両方あるってのかい?」
「ええ、それに子牛のゼリーもよ」うれしそうにポリアンナがいいました。
「一度、あなたが本当に食べたいものが食べれるようにって思ったの。だから、ナンシーとわたしが計画したの。もちろん、3品、ちょっとずつだけどね。でも、ちょっとずつだけど、全部あるの。鳥肉が食べたいと思ってらしてうれしいわ」バスケットから、小さな鉢を取り出しながら、満足げにいいました。
「ここに来る途中で、もしトライプ(牛の胃袋)や玉ねぎとか、わたしが持ってないものを食べたいっていったらどうしようかって思ったの。こんなにがんばったのに、残念でしょう?」楽しそうに笑っていました。

返事はありませんでした。病人は何かいいかえそうと考えていましたが、言葉は出てきませんでした。

「さぁ、ここに全部置いておきます」
ポリアンナはテーブルの上に3つの鉢を並べていいました。
「きっと、明日は子羊のスープが飲みたくなるわね。今日のお具合はいかがですか?」
ポリアンナは最後に、丁寧に病人のかげんを聞きました。

「最悪だね。ありがとよ」
いつもの弱々しい調子にもどって、スノウ夫人は小さくいいました。
「今朝は、居眠りができなかったよ。隣のネリー・ヘギンスが楽器の練習を始めて、気が狂いそうだったよ。毎日、午前中一杯やるんだよ。まったく、どうしたらいいかわかりゃしないよ」
ポリアンナは同情してうなずきました。
「わかるわ。最悪よね。ホワイト夫人にも、一度そういうことがあったわ。その人は婦人会の一人なんです。やっぱりリューマチ熱で苦しんでて、身動きできなかったんですって。もし体を動かせたら、楽だったって。できますか?」
「できるって、なにをさ?」
「動き回ることよ。寝返りすること。音楽が耐えられなかったら、体を動かしてみればいいのよ」
スノウ夫人は、一瞬ポリアンナの顔をのぞきこみました。
「ええ、もちろん、動くことはできるよ。ベッドの中でならどこだって」少しいらついたように答えました。
「それなら、とにかく、喜べることもありますね」ポリアンナはうなずきました。
「ホワイト夫人はまったく動けなかったんです。リューマチ熱が出たら、動くことなんてできません。でも、上には上があるって、ホワイト夫人がいってました。後で聞いたんですけど、ご主人のお姉さんみたいに耳が聞こえなくなったら、狂ったように叫ぶだろうって」
「お姉さんの耳だって!どういうことだい?」
ポリアンナは笑いました。
「ああ、まだいっていなかったみたいね。ホワイト夫人をご存じないってことを忘れてました。ホワイト夫人の義理のお姉さんは耳が聞こえないんです。本当に全然だめなんです。あるとき家のことを手伝うためにお姉さんが来てくださったんですが、お姉さんにわかってもらえるようにするのが、大変だったそうです。それから、通りでピアノが鳴り響いていても、ホワイト夫人は、さっぱり気にならなくなったんですって。むしろ聞こえることが、うれしいと思えて。義理のお姉さんみたいに聞こえなくなってしまったら、どれだけ大変だろうって思えたんです。ホワイトさんはゲームに挑戦してるんです。わたしが教えてあげました」

「ゲームだって?」
ポリアンナは手をたたきました。
「あら、忘れるところでした。思いついたんです。スノウさん、あなたが何に喜べるかってこと」
「喜べるだって?どういうことだい?」
「喜べることが探せるって、前にいったでしょう?あなたが、わたしに、喜べることが探せるかって聞いたんです。たとえ、一日中ベッドで寝たきりでも」
「ああ!」皮肉っぽく病人はいいました。
「あれかい?ああ、覚えているとも。でも、あんたがわたしより一生懸命考えてくれるとは思わなかったよ」
「あら、本当に考えました」ポリアンナはうれしそうにうなずきました。
「そして見つかったの。でも、難しかったわ。でも難しかったら、もっと楽しくなるの。いつもそうなの。正直にいって、長い間何もみつからなかったの。でもみつかったの」
「本当かい? で、それは何なのかい?」
ホワイト夫人の声は皮肉っぽく丁寧になりました。
ポリアンナは深々と息を吸い込んでいいました。
「わたし、考えました。他の人たちがあなたのようでなくて好かったって。みんながあなたみたいに病気でベッドで寝ていなくて好かったって喜べるって」
パレアナは誇らしげにいいました。スノウ夫人はまじまじと見つめました。目は怒っていました。
「そうかい、そうかい!」吐き出すようにいいましたが、声はちっとも、その意見に賛成しているようではありませんでした。
「それから、ゲームのことをいうわね」ポリアナは、楽しそうに自信を持っていいました。
「ゲームをきっと楽しんでもらえると思うわ。きっと難しいけど。でも難しければ難しいほど、おもしろいのよ!いつもそうなの」

それから、寄付の箱のこと、松葉杖や、もらえなかった人形のことを話しました。
お話が終わりかけたところで、ミリーがドアのところに現れました。
「ポリアンナ、おばさんがお待ちですよ」疲れたような弱々しい声でいいました。
「おばさんは、通りの向かい側のハロルズさん宅に電話をかけていらっしゃいました。急いで帰ってきて、暗くなるまでに練習を済ませて欲しいそうです」
ポリアンナは残念そうに立ち上がりました。
「わかったわ」そこで、ため息をつきました。「急ぐのね」それから急に笑い出しました。
「でも、走れる足があるんですもの、喜ばないといけないわね。そうでしょう、スノウさん?」
返事はありませんでした。スノウ夫人は目を閉じていました。でも、ミリーは驚いて、目を見張っていました。母親のやつれたほほに涙が見えたからです。
「さようなら」玄関に着くと、ポリアンナは元気に肩越しにいいました。
「髪を直せなくってとっても残念だわ。とってもやりたかったのに。でも、今度があるわね!」
七月が一日一日と過ぎていきました。ポリアンナにとっては本当に楽しい毎日でした。なんて一日一日が楽しいんだろうと、元気一杯に、よくおば様にいいました。すると、おば様は、がっかりしたようにいうのでした。
「それはいいことです、ポリアンナ。あなたが楽しい日が過ごせて、もちろんうれしいと思います。でも、ただ楽しいだけではなく、有益でなくてはなりません。そうでなければ、わたしがまったく自分の義務が果たせていないことになりますから」

こういわれると、ポリアンナはおば様に抱きついてキスするのが常でした。そして、いつもおば様をとてもまごつかせることになりました。でも、ある日、ポリアンナは言葉で答えました。お裁縫の時間でした。
「それじゃ、ポリーおば様、一日一日がただ楽しいだけじゃ、だめっていうの?」
「その通りです、ポリアンナ」
「『ゆう・・えき』じゃなきゃだめなんですか?」
「もちろんです」
「『ゆう・・えき』ってどういう意味ですか」
「それは・・・何かのためになる、得になるってことですよ、ポリアンナ。まったく、あなたはなんて変わってる子だろう!」
「じゃ、何も得にならなかったら、喜べないってことですか」
ポリアンナは少しためらいがちに聞きました。
「もちろん、そうです」
「まあ!じゃ、絶対に好きになってもらえないわね。ポリーおば様、残念ですけど、おば様にはゲームはできないわ」
「ゲームですって?何のゲームなの」
「それは、お父・・・」ポリアンナは、手を口にあてました。「い、いえ、何でもありません」そう、どもっていいました。ポリーおば様は顔をしかめました。
「今日の午前中はこれで結構です、ポリアンナ」そう短くいって、お裁縫の練習は終わりました。

その午後のこと、ポリアンナは屋根裏部屋から下りてきたとき、階段を上ってくるおば様に会いました。
「あら、おば様、なんてうれしいの!わたしに会いに上がってきてくださったのね。どうぞ入って。誰かが一緒にいてくださると、とってもうれしいわ」そういい終わると、階段を駆け上がって、ドアを大きく開きました。
ポリーおば様は、姪に会うために階段を上がってきたのではありませんでした。
屋根裏で、東側の窓辺の杉のたんすにしまってある、白い羊毛のショールを見にきたのです。でも、自分でも信じられませんでしたが、屋根裏の杉のたんすの前ではなく、ポリアンナの小さな部屋で、背もたれがまっすぐなイスに腰掛けていたのです。ポリアンナが来てからというもの、何度も何度も、まったく予期していなことをするはめになっていたのです!

「一緒に過ごす人がいるのって、うれしいわ」ポリアンナはまたいいました。お城で大勢の人をもてなすように飛び回っていました。
「特に、この部屋をいただいてからわね。全部自分のものですもの。ああ、もちろん、部屋はあったんですけど、借りている部屋でしたし、借りている部屋は、自分の部屋の半分もいいっていえないしょ?そして、もちろん、この部屋はわたしのものでしょ?」
「え、ええ、そうです、ポリアンナ」ポリーはどもりながら答え、なんで今すぐに立ち上がって、ショールを見に行かないのかちょっと不思議に思っていました。
「それから、もちろん、今はこの部屋が大好きなんです。欲しかった絨毯(じゅうたん)や、カーテンや絵がなくっても」こういって、しまったと思い、ポリアンナは赤くなりました。あわてていいなおそうとしましたが、おばさまがぴしゃりと口をはさみました。
「どういうことですか、ポリアンナ?」
「なんでもないんです、ポリーおば様、本当です。そんなつもりじゃなかったんです」
「そうでしょうね」ポリーは冷たくいいました。
「でも、今はっきりいいましたね。それが本心なんでしょう」
「でも、たいしたことじゃないんです。ただ、きれいな絨毯(じゅうたん)やレースのカーテンやきれいなものがある部屋がもらえることを期待してたんです。わかるでしょう?でも、もちろん・・・」
「期待していたですって!」ポリーが鋭く口を挟みました。
ポリアンナはいっそうまごついて赤くなりました。
「ポリーおば様、もちろん、そんな部屋をわたしが持つべきじゃありません」そういって、謝りました。「ただ、持ったことがなかったので、自分のものになったらどんなにいいかって思っていたんです。ああ、寄付の箱には二枚の敷物がありましたが、小さすぎました。わかるでしょう?一枚にはインクのしみがついてましたし、もう一枚は穴が開いてました。やっと手に入った二枚の絵は、一枚はお父・・・良い方は売ってしまいました。悪いほうは壊れてしまったんです。もちろん、そんなもの、あの、きれいなものなんて、欲しがってはいけなかったのかもしれません。初めて来た日、すてきなホールを通り抜けて、わたしの部屋がどんなにきれいだろうって期待しちゃいけなかったのかもしれません。でも、本当に、ポリーおば様、そんなつもりじゃ、待ってください、もうちょっとだけ。でも、たんすに鏡がついていなくって、そばかすが見えないって思ったとき、喜べたんです。それから窓から見える景色はどんな絵よりもきれいだって。それに、おば様はほんとによくしてくださいましたし・・・」
ポリーは突然立ち上がりました。顔が真っ赤になっていました。
「ポリアンナ、もう結構です」冷たくいいました。
「よくわかりました」
階段を下り始めてから、まだ一階に着く前に、屋根裏の東向きの窓辺の杉のたんすにしまってある白い羊毛のショールを見に来たために上がったことを思い出しました。

それからすぐに、ポリーはナンシーにきっぱりといいました。
「ナンシー、午前中にポリアンナの荷物を真下の部屋に移しなさい。暫くの間、姪をそこに寝せることにしましす」
「はい、奥様」ナンシーが大きな声で返事をしました。
「ああ、神よ!」ナンシーは独り言をいいました。
一分後に、ポリアナに向かってうれしげに叫びました。
「ポリアンナお嬢様、聞いてくださいよ!お嬢様はこの真下の部屋で寝起きすることになりましたよ。そうですよ、そうですよ!」
ポリアンナは、真っ青になりました。
「あの、ナンシー、ほんとにほんとに、本当なの?」
「ほんとにほんとですよ」たんすからかかえられるほどのドレスを出しながら、うれしそうにうなずいてきっぱりといいました。
「お嬢様の荷物を下の部屋に持って下りなさいっていわれたんです。だから今やりますよ。奥様の気が変わらないうちにね」
ポリアンナは全部聞いてはいませんでした。まっさかさまに落ちるような勢いで、飛ぶように階段を一段飛ばしで駆け下りていったのです。
2枚のドアをバンと音をたててしめ、イスにぶつかって、最終ゴールのポリーおば様の元にたどり着きました。
「ああ、ポリーおば様、ポリーおば様!本当ですか?あの部屋には何でもあります!絨毯(じゅうたん)も、カーテンも、絵もあって、景色までも、窓が同じ方向を向いているんですもの。ああ、おば様!」
「ポリアンナ、もう結構です。もちろんあなたが部屋が変わったのを喜んでくれてうれしいと思います。でも、調度品をそこまで思ってくれるのなら、大切に扱ってもらわないと困りますよ。それだけです。ポリアンナ、倒れたイスを起しなさい。それからさっきドアを乱暴に閉めたじゃありませんか」ポリーは厳しい口調でいいました。必要以上に厳しい口調でいったのです。なぜなら、不思議にも泣き出しそうな気分になったからです。ポリーが泣き出しそうになるなんて、めったにありませんでした。
ポリアンナはイスを起しました。
「ええ、おば様、ほんとにバンって閉めてしまいました」にこやかにそう認めました。「でも、部屋のことを聞いたばかりだったんです。でも、おば様だってバンっていわせたくなると思いますわ、もし・・・」ポリアンナはそこでいうのをやめて、興味津々におば様を見ました。
「ポリーおば様、ドアをバンって閉めたことがありますか?」

「ポリアンナ、ないと思いますよ」ポリーの声は驚きを隠せませんでした。
「あら、おば様、なんて残念なの!」
ポリアンナの表情は、思いやりにあふれていました。
「残念ですって!」ポリーはあまりにあっけにとられて、後を続けられませんでした。
「そうよ、そうよ!もしドアをバンっていわせたいときは、もちろんバンっていわせるんです。もしバンっていわせたことがないんだったら、何かで大喜びしたことがないってことです。そうじゃなかったら、バンっていわせてるはずです。がまんできないんですもの。おば様がこれまで大喜びしたことがないなんて、本当に残念ですわ」
「ポリアンナ!」ポリーが大声をあげたとき、ポリアンナはもう行ってしまいました。
遠くから屋根裏に上るドアがバンっと閉まるのが返事の代わりに聞こえました。ポリアンナは「自分の荷物」を下ろすナンシーを手伝いに行きました。

ポリーは部屋に腰掛けて、何かもやもやした気持ちでいました。でも、もちろん、ポリーにも喜べることがあったのです。