夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第17章 本みたいな話―ジョン・ペンデルトンが笑顔を見せる

「これは、これは、お嬢さん、今日、またわたしに会いに来ていただけるとは、大変に寛大なことですな」
「あら、ペンデルトンさん。わたしは、来られて本当にうれしいわ。それに、来たくないって思う理由もないわ」
「おや、おや、でも、君がこの間、親切にゼリーを持ってきてくれたときも、足が折れているところを最初に見つけてくれたときも、わたしは不機嫌そうにしていたね。それに、ありがとうともいっていなかった。こんな恩知らずに会いに来てくれるんだから、ずいぶん心優しいっていえるんじゃないかね!」
ポリアンナは落ち着かないように体をゆすりました。
「でも、あなたを見つけられて良かったわ。あ、でも、あなたの足が折れてうれしいっていってるんじゃないんです」急いでいい直しました。
ジョン・ペンデルトンは微笑みました。
「わかっているよ。君の舌はよくすべるってわけだね、ポリアンナ。しかし、心からお礼をいうよ。それに、先日はよくしてくれて、とても勇気があったよ。ゼリーもありがとう」少し小さな声で付け加えました。
「ゼリーお好きでしたか?」ポリアンナは興味津々で聞きました。
「とっても、おいしかったよ。今日は、『ポリーおば様がよこしたんじゃない』届け物はないのかい?」ペンデルトンは、いたずらっぽく笑いました。
見舞い客は動揺していいました。
「あ、ありません。この間、『ゼリーがおば様からじゃない』といったのは、無作法をしようと思ったからじゃないんです」
答えはありませんでした。ジョン・ペンデルトンはもう笑ってはいませんでした。まっすぐ前を見つめて、目の前にあるものを見通して、その向こうを見ているようでした。長いため息をつくとポリアンナの方を向きました。話し始めると、声にいつもの不機嫌さが出ていました。
「そんなつもりじゃないんだ!君に八つ当たりしようと思って呼んだわけじゃない。聞きなさい!書斎を出ると電話のある大きな部屋がある。君が前に入ったね。暖炉側の角に、ガラスドアのついた背の低い棚がある。その中に、彫刻がほどこされた箱があるんだ。あの無愛想な女中が『整頓』してどこかに持っていってなきゃ、そこにあるよ。ちょっと重いが、君が持ってこれないほどじゃない」
「あら、わたしはとっても力が強いのよ」ポリアンナが朗らかにいって、駆け出していきました。すぐに箱を抱えて戻ってきました。

それから、ポリアンナは夢のような時間を過ごしました。箱は宝物で一杯でした。ジョン・ペンデルトンが外国に行って何年もかけて集めてきた珍しいものばかりでした。精巧に彫られた中国の将棋の駒や、インドのヒスイの偶像など、どれにもおもしろい由来の話がありました。

偶像のいわれを聞いた後、ポリアンナは思いつめたようにいいました。「やっぱり、こんな人形に神様が宿っているって信じているインドの男の子を育ててあげたほうが、ジミー・ビーンを引き取るよりいいと思うわ。ジミーは神様は天にいるって知っているんですもの。でも、どうにかして、二人を引き取ることにはならないかしらね」

ジョン・ペンデルトンは聞いていないようでした。また、彼の視線はあらぬところを見ていました。でも、すぐに我に返り、ほかの骨董品を選び出しました。

その訪問は確かに楽しかったのですが、ポリアンナはいつの間にか、彫刻がほどこされた美しい箱の中の珍しいものについてではなく、自分のこと、ナンシーのこと、ポリーおば様のこと、そして毎日の生活のことなどを話し始めていました。また、話は、少女の昔の西部での生活にもおよびました。

ポリアンナがの帰る時間となったとき、気難しいジョン・ペンデルトンが今までに聞いたことのないような声を出しました。

「お嬢さん、君にたびたび来てもらいたいんだ。できるかい?わたしは、さびしんだ。君が必要なんだ。他にも理由がある。今、話そう。この間、君が誰かわかったとき、最初はもう二度と君には、来て欲しくはないと思ったんだ。君は・・・ある人を・・・わたしが何年もかけて忘れようとしている人を思い出させるからなんだ。それから、毎日、医者が君を迎えに行こうかと聞いても、わたしは、その必要はないといったんだよ」
「でも、しばらくして、君に会いたい気持ちが募ってきて、君に会わないことがかえって、鮮明に、忘れたいことを思い出させることに気付いたんだ。だから、どうか来て欲しいんだ。来てくれるかい?」
「え、ええ、もちろんです、ペンデルトンさん」ポリアンナはそういって、枕に頭を横たえている男の悲しげな顔を心配そうに、うるんだ瞳で見つめました。
「ありがとう」ジョン・ペンデルトンはやさしくいいました。

夕食後、ポリアンナは、裏庭のポーチに座って、ナンシーにジョン・ペンデルトンのすばらしい彫刻がほどこされた箱とその中にある宝物について話しました。

「あたしが思うに」ナンシーがため息をつきました。「お嬢様にそんな物を全部見せて、話して聞かせるなんて、あの人は人付き合いがまったくなくって、話す機会が全然なかったからだと思いますよ。ええ、これまでに一人も!」
「あら、でも、あの人は人付き合いが悪いんじゃないわ。ただ見かけが無愛想なだけよ」ポリアンナはすぐペンデルトンの肩を持って、まじめな顔でいいました。
「わたしには、どうしてみんなが、あの人のことを悪くいうのかわからないわ。たぶん、あの人がどんな人なのか知らないからだわ。それに、ポリーおば様だって、あの人をよく思っていないんですもの。ゼリーを自分からだって思われないようにしてくれっていったし。あの人が、ゼリーがおば様からだって思ったらどうしようって、本当にいやがってたのよ」

「たぶん、ペンデルトンさんにはなんの義務もないって思ったからじゃないですかね」ナンシーは肩をすくめていいました。「でも、わからないのは、何であの人が、お嬢様にそんなに目をかけるようになったかってことですよ。気を悪くしないでくださいよ、だけど、あの人は子供なんか相手にするような人じゃありませんから。ほんとに、ぜんぜん」
ポリアンナはうれしそうに微笑みました。
「あら、ナンシー、でもあの人はよくしてくれたのよ」少女はうなずきながらいいました。
「わたしがわかることは、これまではずっと人付き合いが悪かったてことね。だって、今日急に、わたしがあの人に、忘れたい誰かのことを思い出させるから、もう絶対会いたくないと思ったっていってたもの。だけど、その後で・・・」
「なんだって?」興奮したようにナンシーが割り込みました。
「あの人が、忘れたい誰かのことを、お嬢様が思い出させるっていったんですか?」
「そうよ、でも、その後・・・」
「それは誰のことなんですか?」ナンシーはじれったそうにいいました。
「あの人は、いわなかったわ。誰かとしか」
「これこそ『なぞ』ですね!」ナンシーは力を込めていいました。
「だから、最初、お嬢さんに話しかけてきたんですね。ああ、ポリアンナお嬢様!これって、まるで本みたいじゃないですか・・・あたしは、この手の本はたくさん読んでます。『マウズ嬢の秘密』とか、『相続人は誰』とか『埋もれたなぞ』とか・・・みんな秘密やなぞについてなんです。ああ、わくわくする!本に書いてあるようなことが、目の前で知らないうちに起こってるって考えてみてくださいよ!さあ、お嬢様、ペンデルトンさんがいったことを全部話してくださいよ、ぜーんぶです。お願いです!道理でお嬢さんに話しかけたわけだ、やっぱりね、やっぱりね!」

「でも、最初にあの人から話しかけてきたんじゃないわ」ポリアンナはいいました。
「わたしが最初に話しかけたのよ。子牛の足のゼリーを持って行くまでは、あの人、わたしが誰だか全然知らなかったのよ。それから、ゼリーはポリーおば様からじゃないって、いうはめになって、それから・・・」

突然、ナンシーは飛び上がって、手をたたきました。
ポリアンナお嬢様、わかりました、わかりました、わかりましたよ!」
ナンシーは有頂天の様子でいいました。それからまた、ポリアンナのそばに腰を下ろしていいました。
「わたしの話をよく聞いて、正しいかどうかいってくださいよ」興奮していいました。
「あの人は、お嬢様が奥様の姪っ子だってわかってから、お嬢様に二度と会いたくないって思ったんでしょう?」
「ええ、そうよ。わたし、この間会ったときに姪っ子だっていって、今日、あの人がそういったんですもの」
「そうだと思った」ナンシーは勝ち誇ったようにいいました。
「それから、奥様は、あの人に自分からゼリーをあげるのではないって、いったんですよね」
「そうよ」
「それで、お嬢様は、あの人にはっきり、これは奥様からじゃないっていったんですね」
「ええ、そうだけど、でも・・・」
「それから、あの人は突然、おかしな振る舞いをして、うめき声をあげてたんですよね。お嬢様が奥様の姪っ子だってわかった時点で。そうでしょう?」
「そ、そうね、あの時あの人はちょっとおかしかったわ。ゼリーのことで」ポリアンナは考え込むように眉をひそめていいました。
ナンシーは長いため息をつきました。
「やっぱり、そうだった。わかりましたよ!聞いてください。ジョン・ペンデルトンさんは、奥様の恋人だったんですよ!」ナンシーはチラッと後ろを気にしてから、自信ありげにいいました。
「あら、ナンシー、そんなことはありえないわ。おば様はあの人が好きじゃないですもの」ポリアンナは反対しました。

ナンシーは「これもわからないの?」という顔をしていいました。
「もちろん、今はですよ!けんかしたんですから!」
ポリアンナはまだ信じられないような顔をしていましたが、ナンシーはまた長いため息をついて、満足そうにこの件にけりをつけてしまいました。
「こんなことがあったんです。お嬢様がいらっしゃるちょっと前のことですよ。トムじいやがいったんです。奥様は昔恋人がいたんだって。わたしも信じられませんでしたよ。奥様に恋人だなんて!でも、トムじいやが、恋人はほんとにいたって、今もこの町に住んでらっしゃるっていったんです。でも、今、わかりましたよ。もちろん。ジョン・ペンデルトンさんです。だからあの人の生活はなぞに包まれているって思いませんか?大きな邸宅で、誰とも人付き合いもせずに、一人でふさぎこんでるって思いませんか?お嬢様が奥様の姪っ子だってわかってから、おかしな振る舞いをしませんでしたか?それに、今、お嬢様が忘れたい誰かのことを思い出させるっていったんでしょう?誰が見たって、奥様のことでしょう!それに、奥様だって、あの人にゼリーを送ったって思われたくないっていったんでしょう。これは確かですよ、絶対に、ぜったいに!」
「おや、まあ!」ポリアンナは目を大きく見開いていいました。「でも、ナンシー、もし恋人の二人がけんかしたんなら、どこかで仲直りしたと思うのよ。二人とも一人ぼっちで、ずいぶん長い間暮らしているわ。仲直りできたら、どんなにうれしいでしょうに!」
ナンシーは横柄な態度で鼻を鳴らしました。
「たぶん、お嬢様は、恋人ってものをよく知らないんですよ。まだ、わかるほど年がいってないんですよ。でも、世の中で、けんか別れした恋人ぐらい、お嬢様がやっておられる『喜びのゲーム』が必要な人たちはいないでしょうね。そんなもんですよ。あの人は、いつも、木みたいに固くって、何考えてるのかわからないじゃありませんか?それに奥・・・」
ナンシーは「誰」に「誰」のことをいおうとしているのか、突然思い出して、いうのをやめました。それから、急に笑い出していいました。「お嬢様、こういっちゃ何ですが、もし二人にゲームを教えられたら、二人は『喜んで』仲直りをするでしょうに。でも、お天道様!まさか、奥様とあの人だなんて、驚きですよ。信じられない。まったく、まったく!」

ポリアンナは何もいいませんでした。しばらくして、家に戻ってきた時、深刻そうな顔つきをしていました。