夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第16章 赤いバラとレースのショール

ペンデルトンさんの家を訪ねてから一週間後の雨の日のことでした。お昼過ぎに、ティモシーの馬車に乗って、ポリーは婦人会の会合に出席するために出かけていきました。3時に帰ってきたとき、ポリーのほおはピンクで、髪は、ピンがぬけおちて、湿った風に吹かれてふわふわとカールしていました。

ポリアンナはおば様のこんな様子を見たのは初めてでした。
「ああ、ああ!ポリーおば様!おば様もそうなのね」おば様が居間に来ると、大喜びしておば様の周りを飛び回りました。

「この『変わった子』は、何をいってるんでしょう?」
ポリアンナはまだくるくると飛び回っていました。

「知らなかったわ!自分にあっても気づかない人だっているのよね?わたしもそうなれるかしら?もちろん、天国に行ったときって意味よ」
ポリアンナは叫んで、うずうずしている指を、おば様の耳の上にあるまっすぐな髪の束に伸ばしました。「でも、新しく生えてきたら、黒い髪じゃないかも。そうしたら、黒い部分が目立ってしまうわ」

ポリアンナ、いったい何をいっているんですか?」帽子を取って、髪を後ろへなでつけながら、ポリーおば様はきつくいいました。

「い、いいえ・・・ねえ、おば様!」ポリアンナの子供らしい声が、心からのお願いの声に変わりました。「髪を後ろへなでつけないで!そのことをいっているんです。黒髪のウエーブがすてきじゃないですか。ポリーおば様、ほんとにきれいだわ!」
「ばかばかしい!ポリアンナ、先日、あのこじきの男の子のことで、婦人会に理屈に合わない質問をしたそうじゃないですか?」
「ばかばかしいことではありませんわ」ポリアンナは、熱心におばさんの最初のコメントだけに答えました。
「髪がそうなっていると、どんなに美しいかご存じないんだわ。ポリーおば様、お願いです。スノウ夫人にやらせてくれたように髪を整えて、花をさしてもいいでしょう?どんなになるか見たいんです。ああ、絶対、絶対、スノウ夫人よりきれいになるわ!」
ポリアンナ!」もっと厳しい声でいいました。なぜなら、ポリアンナの言葉に奇妙なうれしさがわいてきたからです。これまで、ポリーの髪の毛や姿に注意を払ってくれた人がいたでしょうか?彼女がおめかしして、きれいな姿を見たいと思った人がいたでしょうか?

ポリアンナ、わたしの質問に答えなさい。なぜ婦人会に行っておかしな振る舞いをしたのですか?」
「ええ、おば様、許してください。あそこに行くまで、ジミーを育てることより、報告書のほうが大事と思ってるなんて知らなくて、自分のやってることがおかしいとは思わなかったんです。だから、わたしの婦人会に手紙を書きました。だって、ジミーはあの人たちから遠く離れているんですもの。あの人たちにとっては、ジミーはインドの男の子と同じことになれますわ。わたしがポリーおば様にとっては、インドの女の子と同じことのように。ねえ、おば様、お願いです、髪を直させてくれませんか?」

ポリーおば様はのど元をおさえました。いつもの無気力感に襲われてしまったのです。

「でも、ポリアンナ、今日の午後、あなたの振る舞いを聞いたとき、わたしは恥ずかしく思ったんですよ!わたしは・・・」

ポリアンナは爪先立ちして、ダンスを踊り始めました。
「だめっていわなかった!わたしが髪を直しちゃだめっていわなかった!」うれしそうにいいました。
「それって、反対の意味に取ればいいんですよね?こないだペンデルトンさんに、おば様が、最初ゼリーをあげたくないっていったのは、わたしに『ゼリーはおば様からです』っていってほしくなかったからでしょう?そこにいてくださいね。くしを取ってきますから」
「でも、ポリアンナポリアンナ!」ポリーおば様は言い返し、少女を追って部屋を出て、息を切らしながら階段を上がってきました。

「あら、こちらにいらしたの?」ポリアンナは自分の部屋にポリーを迎え入れました。「そのほうがすてきだわ。くしはあります。さあ、ここに座ってください。ああ、髪を直させてくださって、本当にうれしいわ!」
「でも、ポリアンナ、わたしは・・・」
ポリーは最後までいうことはできませんでした。自分でも驚いたことに、鏡台の前の低い腰掛に腰をおろし、うずうずしているやわらかい10本の指で髪をふわふわにされていました。

「ああ、おば様の髪はなんてきれいなんでしょう!」ポリアンナはしゃべり続けました。
「それに、おば様にはスノウ夫人よりはるかにいろいろなことが楽しめますわ!でも、もちろん、もっと楽しんでもいいわね。とにかく、おば様は健康で、どこへでも行けて、いろんな人に会えるんだから。ああ!みんなは、きれいなおば様を見て、喜ぶと思うわ!そして、驚くかもね。だって、おば様はずっと隠していらっしゃったんですもの。ポリーおば様、絶対わたしがきれいにしてあげて、みんなが驚くようにしてあげるわ!」

ポリアンナ!」そういってのどをつまらせたのが、髪の下から聞こえました。「わたしには、どうしてあなたにこんなばかげたことをさせているのかわかりません」
「あら、ポリーおば様、おば様がきれいになったら、みんなが喜んでくださるって思えばいいのよ。きれいなものを見るのは好きでしょう?わたしは、きれいな人をみるのが大好きだわ。だって、そうじゃない人を見るのはほんとに気の毒に思うんですもの」
「でも、でも・・・」
「それから、わたし、人の髪をいじるのが大好きなんです」ポリアンナは満足そうにいいました。
「婦人会の人たちにはずいぶんやってあげました。でも、誰もおば様ぐらいきれいな髪を持っている人はいなかったわ。ホワイト夫人はとてもきれいだったけど、わたしが髪をセットしてあげたらほんとにきれいになったわ。ああ、ポリーおば様、いいことを思いついたわ。でも、ないしょよ、教えてあげないの。髪はもうほとんどできました。それから、わたしは大急ぎで戻ってきますからね。ほんのちょっとの辛抱ですから、絶対、ぜったい、わたしが戻るまで鏡を見たりしないでね。約束よ!」そういうなり、部屋から駆け出していきました。

ポリーは口に出しては何もいいませんでした。心の中では、このばかげたヘアスタイルを一気にこわしてしまって、いつもどおりのひっつめ髪にしたかったのです。ポリアンナは「見ないで」といっていましたが・・・

自分でも意外でしたが、ポリーは鏡台の鏡で自分を見てみました。それを見て、赤くなり、また赤くなった自分を見てさらに赤くなりました。

ポリーは自分の顔を見つめました。若くはない顔でしたが、興奮と驚きで輝いていました。ほおは桃色に染まり、目は輝いていました。髪は黒く、ぬか雨にあたってまだ濡れていました。額には柔らかいウエーブがかかり、あちらこちらでカールがゆれ、耳の後ろに流れていました。

自分の姿に驚き、見とれていたので、ポリアンナが部屋に入ってくるまで、髪をひっつめにしようとしていたのを忘れていました。立ち上がろうとする前に、布で目の前をふさがれ、頭の後ろで結ばれてしまいました。
ポリアンナポリアンナ!何をするんですか?」ポリーは叫びました。
ポリアンナはクスクス笑いました。
「ポリーおば様には、まだ見てほしくないんですけど、やっぱり見ちゃうでしょう?だから、ハンカチで目隠しをしたんです。さあ、じっとしていて。あと一分で終わります」
「でも、ポリアンナ」ポリーは足をばたばたさせていいました。
「これをとりなさい!一体、何をしているんですか?」あえいでいると、肩越しに、柔らかいものがかかるのを感じました。
ポリアンナはもっとうれしそうに含み笑いをしました。震える指で、長くしまわれて黄ばんでしまっている、ラベンダーの香りのするふわふわのレースのショールで肩にひだを作りました。一週間前にナンシーが屋根裏を片付けているときに、ポリアンナはそのショールを見つけたのでした。そして、西部にいるホワイト夫人と同じように、おば様にも、おめかししてはいけないという理由はありませんでした。

やることが終わり、ポリアンナは満足げでしたが、もう一手間必要でした。すぐに、おば様を遅咲きの赤いバラが咲いているサン・パーラーに連れて行きました。そこには格子だなの手が届くところに花が咲いていたのです。

ポリアンナ、何をしているの?どこに連れて行くの?」ポリーおば様はしり込みして、引き下がろうとしましたが、無駄でした。「ポリアンナ、わたしは、だめ・・・」
「ただ、サン・パーラーに行くだけですよ。あとちょっとですから!すぐに見られますよ!」ポリアンナは息を弾ませて、バラに手を伸ばし、ポリーの左の耳の上の柔らかい髪にさしました。得意そうに、「ほら!」というと、ハンカチを解いて、遠くに放り投げました。
「ああ、ポリーおば様、わたしがおめかししてあげたことを、喜んでくださると思いますわ」
飾り立てた自分の姿と周りを見渡してから、低いうめき声をあげ、自分の部屋に駆け込んでいきました。ポリアンナは、ポリーが見てうろたえた方をみやりました。サン・パーラーの開いている窓を通して、馬車が車道を入ってくるのが見えました。すぐに、乗り手がわかりました。うれしそうに、体を乗り出していいました。
「チルトン先生、チルトン先生!わたしに会いにいらっしゃったの?」
「そうだよ」そういったチルトン先生の笑顔は心なしかひきつっていました。
「ちょっと来てくれないか」

寝室で、ポリアンナは、赤くなって怒った眼をしたポリーが、レースのショールを留めているピンを取っているのが見えました。
ポリアンナ、なんてことをしてくれたの?」うめき声をあげました。
「ごてごてに飾り付けて、人に見られてしまったじゃないの!」
ポリアンナは驚いて足を止めました。
「だって、おば様、本当にきれいだったじゃないですか、本当に。それに・・・」
「きれいですって!」ばかにしたようにいって、ショールを片側に放り投げ、震える指で髪を繕い始めました。
「ああ、ポリーおば様、お願いだから、お願いですから、髪をそのままにしておいてください!」
「このままですって?そうできるもんですか!」ポリーは、指でカールをひっぱりあげて、髪をきつくまとめました。

「ああ、残念ね!ほんとにきれいだったのに」ポリアンナは泣きそうになりながら、よろめいて部屋から出て行きました。

階下では医者が馬車で待っていました。
「患者に処方箋を書いたんだが、その薬を得るために君が必要だって、わたしをよこしたんだ。一緒に来れるかい?」
「あの、薬屋さんへのお使いですか?」少し意味をとりかねて、ポリアンナが聞きました。「婦人会の人たちのために、やったことがあります」
医者は笑って首をふりました。
「そういうわけじゃないんだ。ジョン・ペンデルトンがお待ちかねだよ。今日会いたいそうなんで、来てくれたらうれしいよ。雨もやんだし、終われば送っていってあげよう。来れるかね?6時前には家に帰れるようにするよ」
「ええ、喜んで!」ポリアンナが答えました。「ポリーおば様に聞いてきます」

すぐに、帽子を手にして戻ってきましたが、悲しそうな顔でした。
「おばさんがだめだっていったのかい?」
馬車を運転しながら、少し心配そうな様子で医者が聞きました。
「い、いいえ、おば様はわたしに、さっさとどこかへ行って欲しがっていました」
ポリアンナはため息をつきました。
「どこかへ行って欲しがってたって?」
ポリアンナはまたため息をつきました。
「ええ、おば様はわたしに周りにいて欲しくなさそうでした。だって、『さっさと行きなさい、さっさと行ってしまいなさい!もっと早くでかけてれば良かったのよ』っていったんですもの。」
医者は微笑みましたが、目は笑っていませんでした。しばらく黙っていましたが、いいにくそうに聞いてきました。
「それは、わたしがさっき、おばさんが君といるところ、サン・パーラーの窓から見かけたからかい?」
ポリアンナは長い長い吐息をつきました。

「ええ、それがいけなかったと思うんです。だって、上の階でとってもきれいなレースのショールを見つけたんで、おめかししてあげて、髪を整えて、バラをさしてあげたんです。おば様はほんとにきれいだったわ。おば様はきれいだったって思いませんでしたか?」
しばらく医者は答えませんでした。それから、ポリアンナがやっと聞き取れるぐらいの小さな声で答えました。
「うん、ポリアンナ。わ、わたしには、あの人は、きれいにみえたよ」
「そう思いますか?うれしいわ!おば様に伝えるわ」少女はうれしそうにうなずきました。
驚いたことに、医者は大声でいいました。
「だめだ、ポリアンナ、わ、わたしは、わたしが今いったことを伝えてほしくないんだ」
「どうして、チルトン先生?先生も喜んでくださるって・・・」
「おばさんは喜ばないだろう」医者は口をはさみました。
「そうかもしれないわ」少女はため息をつきました。
「今思い出したわ。おば様は先生を見て逃げ出したんですもの。おめかししていることに不機嫌になったのは、その後でした」
「そんなことだろうと思ったよ」ため息をつきながら医者がいいました。
「でも、どうしてかわからないわ、あんなにきれいだったのに!」ポリアンナが続けていいました。
医者はもう何もいいませんでした。ジョン・ペンデルトンが寝ている荘厳な石造りの家に来るまで、本当に何もしゃべらなかったのです。