夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第25章 待ちぼうけ

ジョン・ペンデルトンがハリントン屋敷を訪れた日、ポリーは、専門医の来訪をポリアンナに伝えようと決意を固めていました。
「ポリアンナ、わたしのいい子」優しく呼びかけました。
「ウォレン先生以外に、他のお医者様を呼ぶことに決めました。新しいお医者様は別の治療をしてくれるでしょう・・・あなたが早くよくなるようにね。わかるでしょう」
ポリアンナの顔はうれしそうに輝きました。
「チルトン先生でしょう!ポリーおば様、チルトン先生に見ていただけるなんて、本当にうれしいわ!先生に来ていただきたいってずっと思ってたんだけど、おば様がサンパーラーにいるところを先生に見られてしまって、おば様が呼んではくださらないって思ってたんです。だから黙ってたんです。でも、おば様が先生を呼んでくださって、本当にうれしいわ!」

ポリーおば様の顔は赤くなったり、青くなったりしていました。でも、気持ちを整えて、できるだけ陽気で明るい調子で答えました。
「あら、いいえ!チルトン先生じゃありませんよ。新しいお医者様です。ニューヨークのとても有名なお医者様なの・・・先生は、あなたの怪我がとてもよくわかってらっしゃるのよ」
ポリアンナはがっかりした顔をしました。
「その先生がチルトン先生ほどわかってらっしゃるとは思えないわ」
「あら、いい子ね。絶対によくわかってらっしゃるから、安心なさい」
「でも、チルトン先生は、ペンデルトンさんの折れた足を診てくださったんですもの、ポリーおば様。もし・・・もし、気になさらないのなら、チルトン先生を呼んで欲しいわ!お願いです!」
ポリーの顔に困惑したような影が走りました。一瞬彼女は黙ってしまいました。それから、優しく、それでもいくぶんかいつもの厳しい断定的な様子でいいました。
「ポリアンナ、それでは困るのです。とても、困るのです。わたしは、あなたのためなら、何だってしようと・・・わたしのいい子ですもの・・・できるだけのことはしようと思っているのです。今は理由はいえませんが、チルトン先生を・・・この件で呼ぶわけにはいきません。わたしを信じてもらいたいの。チルトン先生は、このすばらしいお医者様ほどあなたの・・・容態がよくわかるわけではありません。明日ニューヨークからお見えになります」

ポリアンナはまだ疑わしそうでした。
「でも、ポリーおば様、もし、おば様がチルトン先生を好きだったら・・・」
「何ですって、ポリアンナ?」ポリーおば様の声は今度はとてもきつくなりました。ほおが、ますます赤くなっていました。
「だから、もしおば様がチルトン先生を好きで、他の先生は好きじゃないとしたらね」ポリアンナはため息をつきました。
「チルトン先生だって、きっといい治療をなさると思うのよ。だって、わたしはチルトン先生が大好きなんですもの」
その瞬間に看護婦が部屋に入ってきたので、ポリーおば様は、少しほっとしたような表情を見せ、立ち上がりました。
「ポリアンナ、ごめんなさいね」少し固い調子でいいました。
「でも、わたしにこのことは任せてくれないといけないわ。それに、お医者様には明日ニューヨークから来ていただくよう、すでにお願いしてあるんですもの」
しかし、ニューヨークの医者は翌日には来ませんでした。最後の電報によると、専門医は急病にかかり、どうしても来れないとのことでした。これで、ポリアンナはチルトン先生を呼ぶよう、熱心に頼みました。
「これで、条件が整ったでしょう」
しかり、前のとおり、ポリーおば様は首を振り、いいました。
「いいえ、わたしのいい子、それはできないわ」
きっぱりといいましたが、それでも、なんとかしてポリアンナを喜ばすために、それ以外のことだったら何でもすると、おろおろしながらいったのでした。

専門医を待っていた数日間、毎日、ポリーおば様は、(チルトン先生を呼ぶ以外の)ポリアンナが喜ぶことを、本当に全部をやってのけたのでした。
「信じられないよ・・・どんなにしたってさ」
ナンシーはその朝、トムじいやに話しました。
「日中は、奥様があの祝福された子に何かしてやろうって、周りをうろうろしていないことは一瞬だってないんだよ。あの猫を病室に入れてやっただけじゃないよ。一週間前だったら、愛があろうがお金があろうが、毛がぼさぼさで、はげている動物を上の階に上げるなんてことは考えられなかったろうよ。それでも、ポリアンナお嬢様が喜ぶっていうんで、犬も猫も、今ではベッド中を転げまわってるんだからね」
「それから、他にやることがないときは、ガラス玉を部屋の太陽が通る窓にかけ直して、祝福された子がいう『虹の踊り』が見られるようにしてやるんだからね。奥様はティモシーをコブ一家の温室に三回もやって生花を買ってこさせたよ。それからあるときは、奥様が看護婦と一緒にベッド脇にいないと思ったら、自分の髪型を整えてらしたよ。お嬢様は喜んで、目を輝かせて、こうしたらいい、ああしたらいいといっておられたよ。これから、奥様が毎日あんなヘアスタイルをなさるといいね・・・あの祝福された子を喜ばすためにね!」
トムじいやはくすくす笑いました。
「そうさな、ポリー嬢様は悪くは見えなかったろう・・・額に巻き毛をたらすのは」
そうすげなくいいました。
「もちろん、そうさ」ナンシーは憤慨していいました。
「奥様は、人間らしく見えたよ。ほんとに、ほとんど・・・」
「気をつけな、ナンシーよ」老人がニヤニヤしながら、口をはさみました。
「だから、奥様はきれいだっていったのに、お前さんは何といったか覚えてるだろ」
ナンシーは肩をすくめました。
「もちろん、きれいとまではいえないけどさ。でも、ポリアンナお嬢様が、奥様の首の周りにレースやリボンを巻いてるところは、おんなじ人には見えなかったね」
「だから、いったこっちゃない」老人はうなずきました。
「ポリー嬢様はまだ・・・年じゃぁないさ」
「あたしがいえることは、ポリアンナお嬢様がいらっしゃる前までは、奥様は、若いときほどすてきな美人にはならなかったってことだよ。ねえ、トムじいや、奥様の恋人って誰なんだい?わたしには、ぜんぜんわからないのさ、ほんとに、ほんとに!」
「わからんのかい?」妙な表情を浮かべて、老人は聞き返しました。
「そりゃ、わしからはいえんさ」
「ああ、トムじいや、お願いだから教えてよ」ナンシーは頼みました。
「ほら、あんたに頼むことはめったにないだろう」
「そうさな。でも、これだけは、いえんことじゃな」トムじいやはニヤリとしました。それから、急にまじめな顔になりました。
「それで、あの子は、どうなんだい・・・あの小さな子は」
ナンシーは首を振りました。顔も泣きそうになっていました。
「おんなじだよ。トムじいや。見た感じじゃ、また、誰でもいうんだろうけど、なんにも変わったことはありゃしないよ。あの子は、寝たっきりで、眠ったり、しゃべったりして、いろんなことがうれしいって、太陽が昇っちゃ、『うれしい』っていい、月が昇っちゃ『うれしい』っていってるよ。胸がつぶれそうだよ」
「知ってるさ、『ゲーム』だろう・・・あの子はかわいいな!」トムじいやはうなずき、目をしばたかせました。
「あの子は、あんたにもいったのかい。あの・・・ゲームのことを?」
「そうさ、もう、ずいぶん前だよ」老人は一瞬ためらいましたが、少し唇を曲げていいました。
「ある日、腰が曲がっとるもんで、うなっておったら、あの子がなんていったと思うかい?」
「わからないね。あの子は、どんなことからだって、喜ぶことを見つけるからね」
「そうさな。草むしりをするのに、もう腰が曲がっているんだから、わざわざ腰を曲げなくても済むっていったんだよ」
ナンシーが小さく笑いました。
「ああ、驚かないよ。あの子は何かしら喜ぶことを見つけるんだからね。わたしが、最初にゲームを始めたんだよ。あの子には一緒にゲームをする人がいなかったんでね。でも、奥様にはいおうとしたみたいだけどね」
「ポリー嬢様にかい!」
「結局、奥様に対するあんたの意見も、あたしのとそんなに変わらなかったみたいだね」
ナンシーは笑いながらそっくり返りました。
トムじいやは固い表情になりました。
「わしが思ったのは、嬢様が・・・びっくりなさったろう・・・ってことさ」
威厳を保ちながらいいました。
「そうさね、きっと、そうだろうね。でも、今ならどうかわからないよ。奥様のことは、今なら信じられるからね・・・たとえ、奥様がゲームを始めるってこともね!」
「だけど、あの子は、ポリー嬢様には、ゲームのことはいわなかったのかい・・・これまでずっとかい?みんなにいったようだったが。あの子が怪我してから、あっちでもこっちでも聞いとるがな」トムはいった。
「そうだよ。奥様にはいえなかったんだよ」ナンシーは答えました。
「ずいぶん前に、ポリアンナお嬢様が、奥様にはいえないっていってた。だって、奥様が、お父さんのことはいうなっていったって。これはあの子のお父さんのゲームだから、ゲームのことを話すには、お父さんのことを話さなきゃいけないってさ。だから、これまで話せなかったのさ」
「ああ、なるほど、なるほど」老人はゆっくりうなずきました。
「みんなあの牧師にはいやな思いをしてきたからな。ジェニー嬢様をとったんじゃからな。ポリー嬢様は、まだ子供じゃったが、許せんかったんじゃ。ずっと、ジェニー嬢様が大好きじゃったんで。なるほどな、なるほどな。まったく、災難じゃったよ」老人はため息をつくと向こうを向きました。
「まったくだよ、まったくだよ」今度は、ナンシーがため息をつき、台所に戻りました。
誰もがいらいらして待っていました。看護婦は朗らかそうに振舞ってはいましたが、目は疲れていました。医者は、明らかに心配そうで、じっとしていられないようでした。ポリーは言葉すくなになっていました。顔には柔らかな髪のウエーブがかかり、のど元にはレースを巻いていましたが、やせて顔色が悪いのは隠しようがありませんでした。そして、ポリアンナは・・・・犬をなで、猫のつやつやした頭をさすり、花を喜び、贈られた果物やゼリーを食べていました。そして、ベッドに持ってこられた愛がこもったたくさんのお見舞いのカードに、元気な明るい返事をしていました。でも、ポリアナ自身も、顔色が悪く、やせてきていました。手でこわごわ足を触るたびに、以前はあれほど動き回っていた両足が、力なく静かに毛布の下に横たわっていることを感じざるをえませんでした。
ゲームは続けられており、ポリアンナは、最近ナンシーに、また学校に行けるようになれるからうれしい、スノウ夫人に会えるからうれしい、ペンデルトンさんを訪ねられるからうれしい、チルトン先生の馬車に乗れるからうれしいと繰り返していました。でも、「うれしい」ことは、将来のことばかりで、今現在のことではないことには気づいていないようでした。ナンシーには、それがわかって・・・一人の時は、涙を流していたのでした。