夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第27章 二人の訪問者

ミード医師の診断をジョン・ペンデルトンに伝えるのはナンシーの役目になりました。ポリーは、ペンデルトンが訪れた際に、自分のいった事を忘れてはいませんでした。自分が行こうか、それとも手紙を書こうか、悩んでいましたが、どちらもいい考えとは思えませんでした。そして、ナンシーをやることにしたのです。

以前だったら、ナンシーはなぞの屋敷と主人を訪ねられる機会を喜んだことでしょう。でも、今日は、心は深く沈んでおり、喜ぶなんてとんでもないことでした。実際、ジョン・ペンデルトンを待つ数分の間、辺りを見回してみることもしなかったのです。
「あたしは、ナンシーです」部屋に入ってきた主人の驚きの目を感じて、ナンシーは丁寧にいいました。
「ハリントンの奥様が・・・ポリアンナお嬢様のことについて、わたしをよこしました」
「それで?」
この、ぶっきらぼうな短いな言葉に、ナンシーは動揺を読み取りました。
「よくないのです、ペンデルトンさん」ナンシーは声を詰まらせました。
「もしかして・・・」男はそこで言葉をのみ、ナンシーは悲しげにうなずきました。
「そうです。お医者様は・・・もうお嬢様は歩けないと・・・二度と歩けないといわれました」
しばらくの間、部屋はしんと静まりかえりました。それからは、男は震える声で叫びました。
「かわいそうに・・・あの子が・・・かわいそうに!」
ナンシーは男を見て、すぐにうつむいてしまいました。苦虫をかみつぶしたような、人付き合いの悪い、いかついジョン・ペンデルトンがこんな様子を見せるとは夢にも思っていませんでした。
それからしばらくして、男は、低い震える声でいいました。
「日の光の中で、二度と踊ることができないなんて・・・なんて残酷なんだろう!プリズムの光を喜ぶ、わたしのかわいい朗らかな女の子が!」
また静かになりました。それから、急に男は尋ねました。
「あの子はまだ知らないんだろうね・・・もちろん、そうだね?」
「それが、知ってらっしゃるんですよ」ナンシーはすすり泣きました。
「それで、何もかもが耐えられないほどつらくなってしまったんです。聞こえてしまったのは、あのいまいましい猫のせいで!言葉が悪くてすみません」ナンシーは急いで謝りました。
「猫がドアを押したので、開いてしまい、お嬢様に話し声がもれたんです。それで・・・知ってしまったんです」
「あの子が・・・かわいそうに」男はまたため息をつきました。
「そうなんです。もし、あなたがお嬢様をご覧になったら、なんとおっしゃられるでしょう」ナンシーは息をつまらせました。
「それから、あたしは、あの事故以来、お嬢様には二回しかお会いしていませんが、二回とも胸がつぶれそうでした。お嬢様には、まだ、あまりに急で、心の準備ができていなくて、いつも、もうこれから、自分ができないことばかりを考えてしまうんです。それから、もう、喜べないんじゃないかって心配してるんです・・・ゲームのことはご存じないかもしれませんが」ナンシーは申し訳なさそうに、嗚咽をあげました。
「喜びのゲームかい?」男は尋ねました。「ああ、知ってるとも、あの子が教えてくれたよ」
「そうなんですか!そうですよね、お嬢様はほとんどの人に教えてましたからね。でも、こうなってしまっては・・・お嬢様は自分でゲームができないって、悲しんでるんです。歩けなくなったら、もう喜ぶことは見つけられない、一つもないっていうんです」
「そうだ、どうやって見つけられるっていうんだ」ほとんど怒ったように男が言いました。
「あたしもそう思うんですけど・・・でも、あたし、考えて・・・何か探せたら楽になるっていったんです。だから・・・思い出してもらうようにしたんです」
「思い出すって何をだい?」ジョン・ペンデルトンの声はまだ怒ったようにいらついていました。
「あ、あの、お嬢様がスノウ夫人にこのゲームの仕方を教えたように、それから、他の人にも教えたように・・・どうゲームを進めるのかも、教えていたじゃないですか。でも、あのかわいそうな子は、ただ泣いて、泣いて、なんだか、もう以前のあの子じゃないみたいなんです。一生寝たきりの人に、何かを喜べって教えるのは簡単だけど、自分が一生寝たきりになって、喜ぼうとするのは、全然、別のことだって。何回も『他の人たちが、自分みたいじゃなくって、喜ぼう』って自分にいいきかせようとしているんですが、考えることは、もう歩けないことだけだって」
ナンシーは一息おきました。でも、男は何もいいませんでした。男は座ったまま、手を両目に押しあてていました。
「だから、お嬢様が前にいっていた、『ゲームは難しければ、難しいほど・・・おもしろい』ってことを思い出させてあげようとしたんです」ナンシーはかぼそい声でいいました。
「でも、お嬢様はまた『それも、違うのよ・・・ほんとに難かしいときはね』っていったんです。あ、あの、あ、あたし、もう行かなければなりませんから」ナンシーは急にしゃべるのをやめました。

玄関の前でナンシーは一瞬ためらいましたが、振り返って、びくびくながら尋ねました。
「ポリアンナお嬢様に・・・あ、あなたがジミー・ビーンにはもう会わないって、とてもいえないんです。どうしてそんなことがいえるでしょうか?」
「あなたがどういうかは、わたしの問題じゃないね・・・わたしは、もう会わないんだ」そして、男は短くたずねました。「なぜだね?」
「い、いいえ、た、ただ・・・あの、そのことが、お嬢様の悩んでいることの一つなんです。もう、自分では、あの子をお宅に連れて行くことができないからです。お嬢様は一回連れて行ったとはいってましたが、男の子の態度がその日はとてもよくはなかったみたいで、たぶん、あなたには、家を家庭らしくしてくれる気立てのいい子には見えなかっただろうって思ってるんです。あなたには、あの子のいってる意味がよくわかると思います。あたしにはわかりませんでしたから」
「そうかい、よくわかった・・・あの子のいっている意味が」
「それじゃあ、結構です。お嬢様は、またジミーを連れて行く機会を待っていたといってました。ジミーがほんとにいい子に見えるようにって。そして・・・あのいまいましい自動車のせいで!言葉が悪くてすみません。ごきげんよう!」
それから、ナンシーは大慌てでそこを立ち去りました。

ニューヨークからきた著名な医師が、ポリアンナ・ホイッターがもう歩けないと診断したことは、ベルディングビルの街中に瞬く間に知れ渡りました。そして、街中がこれほど騒ぎに包まれたこともありませんでした。いつも笑ってあいさつをする、陽気なそばかすのある顔を、みんなよく知っていました。そして、ほとんどの人がポリアンナの「ゲーム」のことを知っていたのです。通りで、あのにこにこした顔をもう見かけることがないなんて・・・ちょっとしたことでも喜びを表現する、あの元気な声を聞くことができないなんて!信じられない、信じたくない、残酷なことでした。

台所で、居間で、または裏庭の垣根越しに、女たちは話し合い、おおっぴらに涙を流していました。通りのすみっこで、店のラウンジで、男たちは、語り合っては泣いていました・・・こっそりとでしたが。
ナンシーが語って聞かせた、ポリアンナの気の毒な話が広まると、ますますたくさんの人が話し合い、涙を流すようになっていきました。みんなが一番つらいと思ったことは、ポリアンナがもう・・・ゲームができない、何にも喜ぶことができないといったことでした。

ポリアンナの友人は、みんな、ある意味で、同じ考えを持っていたのでしょう。ある時点から、突然、ハリントン屋敷には、女主人が知っている人も、知らない人も含めて、次々と驚くほどの訪問客が押しかけてくるようになりました。男も、女も、子供たちも次々とやって来て、ポリーは、自分の姪がどうやってこれだけの人たちを知ったのだろうと思いました。

ある人は、客間に座って、5分か、せいぜい10分ほどして帰りました。ある人は、ポーチの階段のところで、男は帽子を、女はハンドバッグをもてあそびながら、落ち着きなく立っていました。ある人は、本や、花束や、おいしそうな食べ物を持参してきました。でも、みんなが不安げに聞いたことは、怪我をした少女の容態でした。そして、少女に伝えて欲しい伝言を残していきました。だんだん、この伝言が、ポリーの振る舞いを変えることになっていったのです。

最初に来たのは、ジョン・ペンデルトンでした。その日はもう松葉杖はついてはいませんでした。
「わたしがどれほど衝撃を受けているかは、いう必要もないでしょうな」まるで怒ったように切り出しました。「それにしても・・・何かできることはないんですか?」
ポリーは絶望的だという仕草をしてみせました。
「ああ、もちろん、いつも何かを試してはいますわ。ミード先生は治療の指示を出し、あの子に効きそうな薬を処方してくださってますし、ウォレン先生は、もちろん、それを正確に実行してくださってますわ。でも・・・ミード先生は、望みはほぼないだろうといわれました」
ジョン・ペンデルトンは急に立ち上がりました・・・今、来たばかりなのにです。ペンデルトンの顔は真っ青で、口は真一文字に結ばれていました。ポリーはその顔を見て、なぜ急いで立ち去ろうとするのかがわかりました。でも、玄関のところで、ペンデルトンは振り返ったのです。
「ポリアンナに伝言をお願いしたい。こう伝えていただきたい。わたしが、ジミー・ビーンともう一度会ったと。それに・・・これから、あの子はわたしの家の子供になると。わたしがそうすれば、ポリアンナが・・・喜んでくれると思ったと伝えてください。わたしは、ジミーを養子にするでしょう、たぶん」

その瞬間に、ポリーは、いつもの上流階級の婦人特有の落ち着いた物腰を、すっかり忘れてしまっていました。
「あなたが、ジミー・ビーンを養子にするですって!」ポリーは叫びました。
男はわずかにあごをあげました。
「そうです。ポリアンナなら、わかってくれるでしょう。ポリアンナに伝えてください。このことで・・・うれしがってくれると思ったと」
「え、ええ、も、もちろんですとも」ポリーはどもってしまいました。
「ありがとう」ジョン・ペンデルトンは一礼をすると、出て行きました。

ポリーは、部屋の真ん中に立ったまま、あまりの驚きに凍りついて、黙って男を見送っていました。自分の耳がまったく信じられませんでした。ジョン・ペンデルトンがジミー・ビーンを養子にするだなんて!大金持ちで、むっつりしていて、憂鬱で、利己主義の悪名高いあの男が、あの男の子を養子に迎えるだなんて!それもあんな小さな男の子を!

ポリーは少しぼうっとしているようでしたが、とにかくポリアンナがいる上の階へと向かいました。
「ポリアンナ、ジョン・ペンデルトンさんから、あなたに伝言があるのよ。今、いらしたところなの。ペンデルトンさんは、ジミー・ビーンを自分のところのお子さんにするっていわれたわ。そうすれば、あなたがうれしいって思ってくれるでしょうからって」
ポリアンナの悲しげな顔が突然喜びに輝きました。
「うれしいですって?うれしいかしら?そうね、わたし、うれしいって思うわ!ポリーおば様、わたし、ほんとにジミーに住むところを探してあげたかったの。あそこなら最高にすてきだわ!それに、ペンデルトンさんのためにも、とってもうれしいわ。わかるでしょう、これから、ペンデルトンさんの家には子供がいるんですもの」
「それが・・・どうしたの?」
ポリアンナの顔が悲しげにゆがみました。もう忘れていましたが、ペンデルトンが自分を養女にしたいと願っていたことを、ポリーには話していませんでした。そして、今は、それを話すにはいい機会ではありませんでした。このかわいそうなポリーおば様のところから、自分が出て行こうと一時でも考えたことがあるなんて!
「子供の存在が」ポリアンナの声はかすれて、どもってしまいました。
「ペンデルトンさんが、前にいったんです。女の人の手と心か、子供の存在が・・・家庭らしくしてくれるって。だから、ペンデルトンさんには・・・一緒に住む子供ができるんです」
「ああ、そ、そうなの」ポリーは静かに言いました。でも、ポリアンナが思ったより、ポリーには状況がよくわかっていたのです。ジョン・ペンデルトンが、石の寄せ集めの大きな家を家庭にしたいがために望んだ子供は、ポリアンナであり、それがどれだけポリアンナを苦しめたかがわかりました。
「わかったわ」ポリーはそういいましたが、目には涙がしみました。
ポリアンナは、おば様から、さらにいいにくいことを聞かれることを恐れて、急いでペンデルトン屋敷とそこの主人の話題から、ほかの事に変えようとしました。
「チルトン先生もいったわ・・・女の人の手と心か、子供の存在が、家を家庭らしくしてくれるって」ポリアンナはいいました。
ポリーは振り返って、少女をまじまじと見つめました。
「チルトン先生ですって!それを・・・どうして知っているの?」
「先生がそういったんですもの。住んでるところは、ただの部屋だって、家庭じゃないって」
ポリーは返事をしませんでした。目は窓の外を見つめていました。
「だから、先生に、どうして、女の人の手と心を求めないんですかって聞いたの。そしたら家庭になるのにって」
「ポリアンナ!」ポリーは急に振り向きました。ほおは赤くなっていました。
「そうなの、聞いたのよ。先生は・・・とても悲しそうだったんですもの」
「それで・・・先生はなんといったの?」ポリーは、聞いてはいけないことを聞いているように、ぎこちなく尋ねました。
「少しの間、何もいわなかったわ。それから、小さい声で、求めてもいつも得られるものじゃないんだよって、いったの」
それからしばらく沈黙が続きました。ポリーはまた窓を見ていました。ほおは赤くなったままでした。
ポリアンナはため息をつきました。
「先生は、誰かが好きだったんだわ。わかるの。先生に誰かが見つかるといいのに」
「あら、ポリアンナ、どうしてそれがわかるの?」
「だって、それから別の日に、先生は違うことをいったんですもの。小さい声だったけど、聞こえたの。もし、ある女性の心と手を得られるものなら、世界をあげてしまったってかまわないって。あら、ポリーおば様、どうしたの?」
ポリーは急いで立ち上がり、窓際に行きました。
「いい子ね、なんでもないの。プリズムの位置を変えてあげましょうって思って」
ポリーはそういいましたが、顔は真っ赤になっていました。