夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第29章 開いた窓から

一日一日と短い冬の日が暮れていきました。でも・・・ポリアンナにとっては短い一日ではありませんでした。少女には、一日がとても長く、時には苦しみにあふれているように感じられました。しかし、このごろは、何があろうとも明るい顔をしようと決めていました。ゲームをしているのが自分だけではなく、ポリーおば様も始めたからです。そして、ポリーおば様は、本当にたくさんの喜ぶことを見つけてきてくれました!おば様は、話してくれたのです。二人の浮浪者が雪の嵐の中、小屋の戸が壊れているのを見つけて、戸の下から中に潜り込むことができたけれども、もしそんな戸が無かったら二人はどうなったことでしょう。凍えなくて本当に良かったと!それから、別のときは、歯が二本しかない気の毒なおばあさんがいて、その二本が「かみ合う」ことを喜んでいると語ってくれたのでした。
ポリアンナは、今ではスノウ夫人のように、明るい毛糸を使って、すてきなものを編むようになっていました。白い寝具の上は色とりどりの毛糸が楽しく伸びいて、ポリアンナは、やはり、スノウ夫人のように、自分に手と腕があることを喜んだのでした。
ポリアンナは、時々見舞い客にも、遭うようになっていました。会えなかった人たちは、いつも長い伝言を残していきました。そして、いつもポリアンナに、何か新しいことを考えるようにうながしてくれ、ポリアンナ自身も気分転換が必要だったのです。
あるときは、ジョン・ペンデルトンが訪れて、ジミー・ビーンにも二回会うことができました。ジョン・ペンデルトンは、ジミーがとてもいい子で、立派にやってくれているといい、ジミーは、一流の家が持てて、ペンデルトンは最高の「仲間」だといい、二人ともポリアンナのおかげだといったのでした。
「前に足があったってことが、ますますうれしくなるわ」後でポリアンナは、おば様にもらしました。
冬が過ぎて、春が来ました。ポリアンナの容態を見守る人々は不安そうにしており、これまでの治療の効果がほとんど無いことを認めざるを得ず、ミード医師の予測していた最悪の事態・・・ポリアンナが二度と歩行できないことが決定的となりました。
ベルディングズビルの人々には、もちろんポリアンナの容態が伝わりました。
その街には、ベッドに寝ている患者の様子をどうにかして、毎日手に入れて、心配に胸を焦がさんばかりにしている人がいました。しかし、日がたつにつれて、知らせは良くなるどころか、ますます悪くなるばかりで、憔悴しきった男の顔には、諦めと深い決意が交互に浮かんでいたのでした。そして、ついに、深い決意に突き動かされて、ある土曜日の朝、トーマス・チルトン医師は、ジョン・ペンデルトンを突然訪れたのです。
ジョン・ペンデルトンは、ポリー・ハリントンとトーマス・チルトンの恋愛事件について、自分が少しは知っていることを、チルトンにいったほうがいいように思いました。その件は過去15年以上触れられていなかったことでした。
「何の用件かね」そう口火を切ったペンデルトンは、自分の声色がただの好奇心からではなく、友情にあふれているように心がけました。しかし、すぐにその気遣いはないことがわかりました。医師は自分の用件を伝えたいことに一生懸命で、自分の突然の訪問をどうとられるかなどとは、まったく気にしていなかったからです。
「ペンデルトン、あの子に会いたいんだ。診察がしたいんだ。わたしはどうしてもやらなければならないんだ」
「そうかい・・・どうして、できないんだい?」
「どうしてだって!ペンデルトン、君も、よく知ってるだろう。わたしがあの家の敷居を15年以上もまたいでいないことを。君が知らないことは・・・今いうよ・・・あそこの女主人が、次にわたしを家に呼ぶときには、わたしの許しを乞い、すべてを水に流すときだと・・・つまり、二人のよりを戻して結婚することだと。君は、たぶん彼女がわたしを呼ぶだろうと思うだろうが・・・呼ばれてはいないんだよ!」
「しかし、呼ばれなくても・・・君から出かけていくことはできないのかね?」
医者は顔をしかめました。
「できない。わたしにもプライドがあるさ」
「でも、それだけ心配なら・・・プライドを飲み込んで、過去のけんかのことなど忘れて・・・」
「過去のけんかだって!」医者は乱暴に口をはさみました。
「わたしがいっているのは、その程度のプライドじゃないんだ。もし、受け入れてもらえるのなら・・・ここからあの家まで、ひざでも歩くし、逆立ちをしてだって行くさ。わたしがいっているのは、専門家としてのプライドさ。病人の問題であり、わたしは医者だ。でしゃばって、『さあ、来たから、入れておくれ』というわけにはいかないよ」
「チルトン、いったいどんなことでけんかしたんだい?」ペンデルトンは尋ねました。
医者は、仕方ないという仕草をしてみせ、立ち上がりました。
「なんだったかって?恋が終わってしまえば、恋人のけんかがなんだったかなんて、問題になるかい?」チルトンは、うなりながら、部屋を怒ったように歩き回りました。
「月の大きさだの、川の深さだの・・・たぶん、ばかばかしいことが元で始まったけんかさ。そのときは意味があったかもしれんが、仲がこわれてからの長い長い悲嘆に比べれば、とるにたらないことさ!けんかなんてどうでもいいんだ!わたしの目から見れば、けんかなんて、無かったともいえる。ペンデルトン、あの子に会わなければならないんだ。生きるか死ぬかの問題だ。つまり、はっきりいえば、90パーセントの確率で、ポリアンナ・ホイッターは歩けるようになると、わたしは信じているんだよ!」

一言一言が、はっきりと力をこめて話されました。そして、話し手は、ジョン・ペンデルトンのソファーの脇にあった開いている窓の近くにいたのでした。そんなわけで、窓の下で、地面にかがんでいた小さな少年の耳にもはっきりと聞こえました。

土曜日の朝の日課となっている花壇の草むしりをしていたジミー・ビーンは、目を丸くして耳をすませて座っていました。

「歩けるだって!ポリアンナが!」ジョン・ペンデルトンがいいました。
「どういうことなんだい?」
「患者には会えなかったが、わたしは情報をずっと集めてきた。彼女の件は、わたしの大学時代の同僚が治療したケースによく似ているんだ。友人はその分野を専門に研究している。わたしは、その友人と連絡を取り続けているし、わたし自身も勉強してきた。それで、聞いたところによると・・・でも、そのためには、わたしはあの子に会わなければならないんだ」
ジョンペンデルトンは、いすから立ち上がりました。
「君は、あの子に会わなくちゃいかんよ!たとえば・・・ウォレン先生に頼んでみてはどうかい?」
チルトンは首を振りました。
「だめだろう。ウォレンは骨を折ってはくれたんだ。最初に、わたしを呼んではどうかといってくれたそうだが・・・ハリントンが、あまりにはっきりと断ったため、もう頼めないというんだ。もちろん、わたしがどれだけあの子に会いたがっているかは知ってはいるんだが。最近、ウォレンの長年の患者が、わたしに乗り換えたんだよ。それも、わたしが彼にいいにくくなっている原因だ。でも、ペンデルトン、どうしてもあの子に会わなければいけないんだ!もし、それができれば・・・あの子がどうなるかを考えてくれ!」
「わかった、そして、君があの子に会わなければ・・・どうなるかということもだ!」ペンデルトンは答えました。
「しかし、あの子のおばの許可を得ずして、どうやって会えるだろうか?たぶん、あの人は許可してはくれないだろう!」
「あの人を説得しなければいけないな!」
「どうやって?」
「わからない」
「そうだろう、君も・・・誰もわからんだろう。あの人はプライドが高すぎて、わたしには頼めないだろう。特に・・・次にわたしを呼ぶことがどういう意味かってことをいってしまった後ではね。しかし、あの子が一生苦しむことになることを考えれば、プライドだの、専門家の道徳だのといったところで、ばかばかしくて、ただ逃げているとしか聞こえないな。わたしは・・・」
チルトンは終わりまではいいませんでした。そのかわりに、両手をポケットに突っ込んで、また怒ったように、部屋の中をずんずん歩き始めたのでした。
「でも、もし、君を呼ぶ必要があると、あの人がわかってくれさえしたら・・・」
ジョン・ペンデルトンが主張しました。
「そうだ、でも、誰が説得するんだい?」医者は怒ったように振り向いていいました。
「さあ、知らんな。知らんな・・・」ペンデルトンは悲しそうにうなりました。

窓の外では、ジミー・ビーンが突然興奮してきました。一言も聞き漏らすまいとじっと息をひそめていたのです。
「まったく、ついてるな、ぼくなら知ってるさ!」うれしそうにつぶやきました。
「僕が行って、話してやるさ!」
少年は立ち上がると、そろそろと屋敷を回って、ペンデルトンの丘を全速力で駆けていきました。