夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第20章 もっと驚くこと

日曜の朝、ポリアンナはいつものように教会と日曜学校に出かけました。日曜の午後は、ナンシーとよく散歩にでました。ジョン・ペンデルトンのところへは、土曜日の午後に行くようにしていました。でも、日曜学校の帰り道、チルトン先生の馬車が近寄ってきて、馬を止めました。
「君を家まで送ってもいいかな、ポリアンナ。ちょっと話があるんだ。馬車で走りながら話すよ」そう誘われると、ポリアンナは、医者の隣に座りました。
「ペンデルトンが、今日の午後、特別な頼みがあるんで、君に来て欲しいっていうんだ。とても大事なことらしい」
ポリアンナはうれしそうにうなずきました。
「ええ、わかってるわ。うかがいます」
医者の目は何か驚いたふうでした。
「わたしは、君に行かせたものかどうか、考えてるんだ」目がいたずらっぽく輝いていました。
「昨日は、なぐさめるより、患者を動揺させていたみたいじゃないか、お嬢さん」
ポリアンナは笑いました。
「あら、わたしのせいじゃないわ。ほんとに。わたしが本当の原因じゃなくって、ポリーおば様のせいなんです」
医者はすぐに振り向きました。
「君の・・・おばさんだって!」
ポリアンナは席で楽しそうに体を揺らしていました。
「そうなんです。物語みたいに、ほんとに、うれしくって、すてきなことなんです。わたし・・・いっちゃいますね」心を決めて、打ち明けてしまいました。
「ペンデルトンさんはいっちゃいけないっていったんですけど。でも、あなたが知る分にはいいですよね、もちろん。ペンデルトンさんは、おば様にはいっちゃいけないっていいましたけど、あなたのことはいってなかったんですもの」
「おば様?」
「ええ、ポリーおば様です、もちろん。わたしからいって欲しくなかったんです。自分で、おば様にいいたかったんです。恋人同士なんですもの!」
「恋人同士!」医者がそういうと、手綱を持っている手を急に動かしたように、馬が速く走り始めました。
「ええ」ポリアンナはうれしそうにうなずきました。
「だから物語みたいだっていったんです。ナンシーがいうまでは、知りませんでした。ポリーおば様は、何年も前に恋人がいたんだけど、けんかをしてしまったって。それが誰か、最初はわからなかったんです。でも、今はわかりました。ペンデルトンさんだって、ね?」
医者は急に安心したようでした。手綱を持った手は、ほっとしたようにひざに置かれました。
「ええ!いや、わたしは・・・知らなかったな」そう早口でいいました。
ハリントン屋敷が近くなっていたので、ポリアンナは急いで付け加えました。
「そうなんです。だから喜んでるんです。ペンデルトンさんは、わたしに一緒に住むようにっていってくれたんですけど、もちろん、だからって、わたしはおば様から離れたりしないわ。とってもよくしてくださったんですもの。そしたら、ペンデルトンさんが、ずっと、女の人の手と心が欲しかったっていったんです。そして、今も欲しがってるってことがわかったの。とてもうれしかったわ!だって、もちろん、仲直りすれば、全部うまくいくわけでしょう。ポリーおば様とわたしは二人とも、あそこへ行って住むんだわ。それか、ペンデルトンさんが来て一緒に住むかもね。もちろん、ポリーおば様はまだこのことを知らないし、全部決まったわけじゃないんですけど、ペンデルトンさんが午後にわたしに会いたいっていったのは、そのことだと思います」
医者は、体を起こし、すこしひきつった笑いを浮かべました。
「なるほど、ペンデルトンが・・・なぜ君に会いたいのかわかったよ、ポリアンナ」うなずくと、馬をドアの前に止めました。

「ポリーおば様が窓のところにいるわ」ポリアンナは叫びましたが、すぐにいいました。
「あら、いない・・・でもさっき見えたのに!」
「いや、いないね・・・今は」医者はそういうと、いつもの笑みが消えていました。

その日の午後、とても緊張したジョン・ペンデルトンがポリアンナを待っていました。
「ポリアンナ」彼の方から切り出しました。「一晩中、昨日、君がいったことを考えていたよ。わたしが、ずっとポリーおば様の手と心を欲しがってたって。どういう意味なんだい?」
「あら、恋人同士だったんでしょう、昔に。今も、おば様のことを思ってくださってて、うれしいわ」
「恋人同士だって!君のおばさんとわたしがかい?」
男は心から驚いた声をだし、ポリアンナは目を見張りました。
「あら、ペンデルトンさん、ナンシーがそういってたわ」
男はかすかに笑いました。
「そうかい!そりゃ、残念だが、ナンシーのいったことは・・・正しくないな」
「それじゃあ、あなたと・・・恋人じゃなかったの?」ポリアンナの声はとても悲しそうになりました。
「まったくだね」
「それじゃあ、本のようにうまくはいかないの?」
答えはありませんでした。男の目は、憂鬱そうに窓を見つめていました。
「あら、あら、全部うまくいくと思ってたのに」ポリアンナはほとんど泣きそうでした。
「ポリーおば様と一緒でしたら・・・喜んで来るところだったのに」
「じゃあ、今は来る気はないのかい?」顔を向けずに、男は聞きました。
「もちろん、だめです。ポリーおば様の子ですから」
今度は、怒ったように顔を向けました。
「ポリアンナ、あの人の子になる前は、君は、君のお母さんの子だったんだ。そして、わたしが何年も前に、望んでいた手と心は、君のお母さんのなんだよ」
「お母様ですって!」
「そうだ。話す気はなかったんだが、たぶん話したほうがいいだろうと思った。だからいったんだ」
ジョン・ペンデルトンの顔は真っ青になっていました。明らかにとても話しづらそうにしていました。ポリアンナは、目を見開いて何かを恐れているように見えまして。唇は開き、男の顔をじっと見つめていました。

「わたしは、君のお母さんを愛していたが、お母さんは、わたしを好きになってはくれなかった。そして、結局、あの人は出て行った・・・君のお父さんと一緒に。それまで、君のお母さんのことをどれほどまでに・・・・思っていたかわからなかったんだ。自分の手の中で、全世界が急に真っ暗闇になったような気がしたよ。でも、それはどうでもいいことだ。長年の間、人付き合いのない、気難しい、誰も好きになろうとはしない、誰も好きになってくれない、年取った男になってしまった。でも、まだ60には遠いよ、ポリアンナ。それから、ある日、君の大好きなガラス玉のように、小さな女の子がわたしの人生の中で踊りだしたんだ。そして、わたしの住み慣れたわびしい世界に、君の朗らかさで、紫や、金や、真紅の模様をつけてくれたんだ。君が誰かってわかったとき・・・もう二度と会いたくないと思った。君のお母さんを・・・思い出したくなかったからだ。でも・・・それからどうなったかは知ってるだろう。君に来てもらわなければならないんだ。君がいつも必要なんだ。ポリアンナ、今すぐ来てくれるだろう?」
「でも、ペンデルトンさん、わたしには・・・ポリーおば様がいます!」ポリアンナの目は涙でかすんでいました。
男はいらいらしたようでした。
「わたしはどうなるのかね?君なしで、どうやってなんでも『うれしがる』のかね?君が来てくれてから、やっと、少し喜べるようになったんだ!でも、君が来てくれたら・・・何にだって喜ぶようになるさ。君を喜ばすようにもするよ。どんな望みだってかなえてあげる。わたしの持てる全財産を使って、君を喜ばすようにしていくよ」
ポリアンナは驚いたようでした。
「でも、ペンデルトンさん、まるで、お金を全部わたしのために使ってくださるみたいじゃないですか。異教徒の人たちを救うためにためてきたのに!」
男の顔が少し赤くなりました。何か話そうとしたのですが、ポリアンナはしゃべり続けました。
「それに、あなたみたいにたくさんお金を持った人が、ただ自分が喜ぶために、わたしを欲しがる必要はないでしょう。お金を他の人にあげて喜ばせてあげたら、うれしくならずにはいられないでしょうに!ほら、ガラス玉をスノウ夫人とわたしにくださったでしょう。それから、ナンシーの誕生日には金色のをくださったでしょう。それに・・・」
「ああ、ああ、そんなことはどうだっていいんだ」男は口をはさみました。
顔は本当に真っ赤になっていました。それもそのはずです。ジョン・ペンデルトンは、これまで「人にものをあげる」ことになれてはいなかったからです。
「そんなことなど、どうでもいい。とにかく、たいしたものじゃなかった。でも、わたしがそうしたのは、君のためだよ。君があげたんだよ。わたしじゃない!そうだ、君があげたんだ」驚いている少女に向かって繰り返しました。「だから、よけいに、わたしには君がどれほど必要かってことがわかるだろう。お嬢さん」また、頼み込むような優しい声になって、付け加えました。「もし、わたしが、仮に『喜びのゲーム』をするとしたら、君に来てもらって、一緒にやってもらわなければだめなんだ」
少女は考え込んで眉をよせました。
「ポリーおば様は本当によくしてくださったんですもの」
少女がそういい出すと、男はするどく口をはさみました。いつもの不機嫌そうな顔になっていました。気難しいのがジョン・ペンデルトンの性格となってあまりに長くたっていたので、すぐに顔に出てしまうのです。
「もちろん、おばさんは君によくしてくれただろうよ!でも、おばさんは、君を欲しがってはいないんだ。わたしが君を思う半分ほどにも」男はいい返しました。
「どうして、ペンデルトンさん、おば様は喜んで・・・わたし知ってるわ」
「喜んで!」男は平静を失ってきて、口をはさみました。
「ポリーは、どんなことにだって喜ぶことはできない女だって、賭けてもいい。そうさ、あの人がやるのは、自分の義務だけなんだ。よく知っている。まったく、義務に忠実な人だよ。あの人がどんなに『義務』を重んじているのか、ずいぶん前にわかったよ。それから、これまでの15年か20年の間、友達とは呼べなかった。でもあの人のことはよく知っている。誰でも知ってるさ。ポリアンナ、あの人は『喜ぶ』タイプじゃないんだ。どうやって喜ぶかも知らないだろう。わたしの所に来る件だが、あの人が許してくれるかどうか、聞いてみればいい。ああ、ポリアンナ、ポリアンナ、わたしは、こんなにも君が必要なんだ!」おしまいは涙声になっていました。

ポリアンナは長いため息をついて立ち上がりました。
「わかったわ。聞いてみます」困ったようにいいました。
「もちろん、ペンデルトンさん、わたしはここに住みたくないといっているわけではありません。でも・・・」少女は終わりまでいいませんでした。少し黙ってから付け足しました。
「とにかく、昨日、おば様にいわなくて良かったわ。だって、おば様にも来て欲しいって意味だと思ってたんですもの」
ジョン・ペンデルトンは苦笑しました。
「まあ、そうだな、ポリアンナ。思うに、君が昨日いわなくて良かったよ」
「いわなかったんですけど、ただお医者様にだけいいました。もちろん、お医者様にいう分はいいですよね」
「医者だって!」ジョン・ペンデルトンは口早にいいました。「まさか、チルトン先生じゃないだろうな?」
「そうです。今日、あなたがわたしに会いたいっていいに来てくださったときです」
「ああ、それは・・・」男はつぶやくといすに倒れこみました。そして座りなおすと急に、聞いてきました。
「それで、チルトン先生はなんていったんだい?」
「ああ、覚えていません。たいしていわなかったと思うんです。あ、そうだ、だから、あなたがわたしに会いたいわけがわかるよっていったんでした」
「そうかい、先生はそういったのかい!」
ペンデルトンは相槌を打ちました。ポリアンナは、この人はなぜひきつったような笑いを浮かべるているんだろうと思いました。