夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第19章 驚き

ポリアンナは9月から学校に行き始めました。入学試験で、彼女は年の割りによくできることがわかり、同い年の男の子や女の子と同じクラスになれて、すぐにうれしく思いました。
ポリアンナにとっては、学校はある意味で驚きでした。そして、学校のほうでも、ある意味、ポリアンナには驚いていました。でも、ポリアンナは学校が好きになり、おば様に、学校に通うことは「生活」であるともらしました。以前は、そうなるとは思っていなかったのです。

新しい生活に喜びを感じていましたが、ポリアンナはこれまでの友達を忘れたわけではありませんでした。確かに、学校に行きだしてから、これまでと同じように時間は取れませんでした。それでも、暇があれば一緒に過ごすようにしたのでした。たぶん、一番残念に思ったのはジョン・ペンデルトンでしょう。
ある土曜日の午後、ペンデルトンはこういいました。
「ねえ、ポリアンナ、どうだい、わたしのうちに来て、一緒に住んでみたいとは思わないかね?」少し、じれったそうに聞きました。
「このごろさっぱり見かけないじゃないか」
ポリアンナは笑いました。ペンデルトンさんっておかしな人だわ!と思いながら。
「周りに人がいるのが嫌いなんだと思ってました」
ペンデルトンはきまり悪そうな顔をしました。
「ああ、それはだね、君がすてきねゲームを教えてくれる前の話だよ。今は、喜んで人を待つし、手伝うよ。まあいいさ、とにかく、まだ両足で歩けるわけではないが、いつかは、立派に歩いて見せるさ」そういうと、片手でそばにあった松葉杖を拾い、少女にふって見せました。今日は、二人で大きな書斎に座っていました。
「でも、まだ何でも心から喜んではいないんですもの。喜んでるって口でいってるだけでしょう」ポリアンナは口をとがらせて、暖炉のまえで寝ている犬を見ました。
「ペンデルトンさん、あなたはこれまでゲームを正しくやれたことはないわ・・・わかってるでしょう?」
男の顔は、急にこわばりました。
「だから、君に来て欲しいんだ。お嬢さん・・・もっと上手にゲームができるように。来てくれるかね?」
ポリアンナは驚きました。
「ペンデルトンさん、本気じゃないでしょう・・・それ?」
「本気さ。本当に来て欲しいんだ。来てくれるかね?」
ポリアンナは困ったような顔をしました。
「でも、ペンデルトンさん、それはできないわ。だって、だって・・・わたしはポリーおば様の子供ですもの」
ポリアンナには何かわかりませんでしたが、男の顔に何か衝撃が走りました。まるで怒ったように顔を上げていいました。
「あの人は、わたしほど・・・たぶん、あの人は君をわたしのところに寄こしてくれるだろう」
やさしく付け加えました。「もし、あの人が許してくれたら、来てくれるね?」
ポリアンナは眉をひそめて、深いため息をつきました。
「でも、ポリーおば様は、本当に・・・よくしてくださったんですもの」ゆっくりと話し始めました。「婦人会の人以外誰も助けてくれる人がいないときに、引き取ってくださったんですもの。それに・・・」
また、男の顔に衝撃が走りました。でも、話し出したときは、声は低く、悲しそうでした。
ポリアンナ、何年も前、わたしはある人をとても愛していた。いつかはこの家に来てもらいたいと思っていた。一緒に住めれば、何年も何年も楽しく暮らせると思っていた」
「そうね」ポリアンナは気の毒に思い、目は同情で光っていました。
「でも、そうだな、来てはもらえなかったんだよ。理由はいい。ただ、来てもらえなかった、それだけだ。それ以来、大きな石の寄せ集めは絶対に家庭にはならなかったんだ。家にはなってもね。家を家庭にするには、女性の手と心か、子供の存在が必要なんだ。ポリアンナ、わたしにはどちらもない。ねえ、わたしの家に来てくれるね?」
ポリアンナは、両足で飛び上がりました。顔は輝いていました。
「ペンデルトンさん、つまり、ずっと、女の人の手と心が欲しいって思っていらしたんですか?」
「な、なんだね、ポリアンナ
「あら、わたし、ほんとに嬉しいわ!だったら、全部うまくいくわね」少女はため息をつきました。
「これから二人で来ればいいのね、そしたら、最高にすてきだわ」
「二人で・・・来るだって?」面食らって、ポリアンナのいったことを繰り返しました。
ポリアンナは少し不思議そうな顔をしました。
「ええ、もちろんよ。ポリーおば様は、まだその気じゃないけれど、わたしに話してくださったみたいに、おば様に話してくだされば、もちろん、二人で来ますわ」
文字通り、恐怖の色が男の目に光りました。
「ポリーおば様が来るって・・・・ここにかい!」
ポリアンナは少し目を見張りました。
「あら、あなたが、あちらに行ったほうがいいのかしら?もちろん、あの家はそれほどきれいじゃないけど、近くに・・・」
ポリアンナ、一体、何をいってるんだい?」今度は、優しい声で尋ねました。
「あら、もちろん、わたしたちみんなで一緒に住むんです」ポリアンナは驚いていいました。
「最初、こっちに来てくれってことだと思ったんです。だって、家庭にするために、この家にポリーおば様の手と心がずっと欲しかったっていったんでしょう。それから・・・」
いいようもないうめき声がのどからもれました。男は手を上げて何かをしゃべろうとしました。でも、怖気づいたようにその手を下ろしました。
「旦那様、お医者様です」戸口で女中がいいました。
ポリアンナはすぐに立ち上がりました。
ジョン・ペンデルトンは振り向いて、哀願するようにいいました。
ポリアンナ、お願いだから、わたしがいったことは誰にもいわないでくれよ」頼み込むような低い声でした。ポリアンナは、えくぼを浮かべて満面の笑顔で答えました。
「もちろんです!あなたからおば様に話してくださった方がいいって、ちゃんと知ってますわ!」肩越しにうれしそうにいいました。
ジョン・ペンデルトンは、いすに崩れるように倒れました。
「どうしたんだい?何があったね?」患者の脈が異常に速くなっているのを診た医者は、尋ねました。
ジョン・ペンデルトンは唇を震わせて弱々しい笑いをうかべていいました。
「たぶん・・・君のいうトニックを飲みすぎたんだな」

医者の目が車道にいるポリアンナの小さい姿を追っているのに気がつきました。