夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

星の王子さま ブログで読める新訳 XXVI-1


いどのわきには、こわれかかったいしがきがあった。

つぎのひのよる、しごとをおえてそのばしょにもどると、ちいさなおうじさまが、いしがきのてっぺんに、すわっているのがみえた。おうじさまが、あしをぶらぶらさせながらこういっているのがきこえた。
「おぼえていないの。ここはそのばしょじゃないよ」
ちがうこえが、それにこたえたにちがいない。なぜなら、おうじさまが、こういうのがきこえたからだ。
「そうだよ、そうだよ!きょうがそのひだよ。でも、ここは、そのばしょじゃないよ」
ぼくは、いしがきにむかってあるきつづけていた。どこにもひとはみえなかった。でも、おうじさまは、またへんじをした。
「そのとおりだよ。すなには、ぼくのあしあとがのこってるよ。そこにいってもらうだけでいいよ。ぼくは、こんばんいくよ」
いしがきから20メートルしかはなれていないところにきたのに、まだ、だれもみえなかった。
しばらくだまってから、おうじさまが、またいった。
「きみのどくは、よくきくんだね?あんまりくるしまなくても、だいじょうぶだね?」
ぼくのあしがとまった。むねがざわめいたけど、まだなんのことだかわからなかった。
おうじさまはいった。
「もういってもいいよ。したにおりたいんだ」

いしがきのしたをみてみた。そしておもわずとびあがった。ぼくのまえに、あの30びょうでひとをころすといわれているきいろいヘビが、おうじさまをみあげていたんだ。かけよりながら、ピストルをだそうと、ポケットをさぐった。でも、ぼくがおとをたてたので、ヘビはやすやすとすなをかきわけ、みずのながれがとだえるように、いそぐふうもなく、いしのあいだにかくれていった。ちいさな、きんぞくのようなおとがきこえた。
いしがきにかけよって、おうじさまをだきとめるのに、まにあった。おうじさまは、まっさおだった。
「いったい、どういうことなんだい?どうしてヘビなんかとはなしていたの?」
おうじさまがいつもくびにまいている、きんいろのマフラーをはずした。それから、ひたいをひやして、のみみずをあげた。もう、それいじょうはきけなかった。おうじさまは、ぐったりとして、ぼくのくびにしがみついた。ぼくには、おうじさまのしんぞうが、てっぽうにうたれてしんでいく、ことりのようによわよわしくなっているのをかんじた。
おうじさまはいった。「きかいのなかでこわれてるところが、わかったんだね。うれしいよ。これでおうちにかえれるね・・・」


「どうしてそれをしってるの?」
もうだめだとおもっていたしゅうりが、せいこうしたことを、おうじさまにいいたくて、やってきたんだった。
おうじさまは、ぼくのしつもんにはこたえずに、こういった。
「ぼくも、きょう、うちにかえるんだよ・・・」
そしてかなしそうにいった。
「でも、もっととおいんだ。もっともっとたいへんなんだ・・・」


なにか、たいへんなことがおこっているのを、かんじた。ちいさなこどもをかかえるようにして、だきしめた。それでも、おうじさまが、てのとどかない、こわいところにまっさかさまにおちていくようなきがしていた。
おうじさまは、どこかとおいところをさまよっているような、まじめなかおになった。
「ヒツジもつれているし、ハコもあるし、くちわももってる・・・」
そしてかなしげにほほえんだ。
ぼくは、ながいことみまもっていた。おうじさまが、すこしずつげんきづくのがわかった。
「こわいのかい、ぼくのいとしいおうじさま・・・」
「よるになれば、もっとこわいとおもう・・・」
なんだかわからなくて、ぼくのこころはこおりついた。おうじさまのわらいごえがもうきけないなんて、たえられなかった。そのわらいごえは、きれいなみずがわきでるさばくのいずみのようにすずやかだった。
ぼくはいった。「ぼうや、もういちどわらってくれないか」


でも、おうじさまはこういった。
「こんばんがいちねんめで、いちねんまえにちきゅうにおりてきたとき、ぼくのほしは、ちょうどまうえにあったんだ・・・」
ぼくはいった。「ぼうや、これがわるいゆめだっていってくれよ・・・ヘビのこと、であったばしょのこと、そしてほし・・・」
でも、おうじさまは、ぼくのねがいはきいてくれなかった。かわりにこういった。
「たいせつなものは、めにみえないんだ・・・」
「うん、しってるよ・・・」
「はなも、おなじことだよ。ほしにさいている、はながすきなら、よるにほしをみあげることが、たのしみになるんだ。どのほしにも、はながさいてるんだ・・・」
「うん、わかってる」
「みずもおなじだよ。ベルトぐるま、ロープ、のませてくれたみずは、ぜんぶおんがくみたいだった。おもいだしてよ・・・どんなだったか」
「うん」
「よるになったら、ほしをみあげてよ。ぼくのほしは、なにもかもちいさすぎて、どこにあるか、おしえてあげられないけど。ほかのほしと、みわけがつかないかもしれない。だから、そらにかがやくほしぜんぶがすきになるんだ。みんなともだちになるんだよ。ほら、これがぼくからのおくりもの・・・」
おうじさまはわらった。
「あぁ、ちいさなおうじさま、ぼくのおうじさま!そのわらいごえがききたいんだ!」
「これがぼくからのおくりものだよ。これだけ。いどのみずをのんだときとおなじように、これが、おくりものになるんだよ・・・」
「なにをいおうとしているの?」
おうじさまはこたえた。
「ほしなら、だれだってしってる。でも、そのいみは、ちがっているんだ。
たびびとにとって、ほしはめじるしだし、ほかのひとには、ただの、そらのあかりにしかみえない。はかせみたいなひとには、しらべるものだし。ぼくがあったビジネスマンには、ざいさんだった。でも、ほしは、だまっているんだ。あなただけが、ほしのほんとうのいみがわかるんだ・・・」
「だから、なに?」
「ぼくは、そのほしのひとつにすんでいるんだ。そこでわらっているんだ。だから、よぞらをみあげれば、ぜんぶのほしがわらっているようにみえるよ。あなただけが、あなただけが・・・ほしがわらっているのがわかるんだ!」
そして、もういちどわらいごえをたてた。
「じかんは、どんないたみもいやすから、いつかいたみがきえて、ぼくとであえてよかったとおもえるひがくるよ。いつだってともだちだよ。いっしょにわらいたくなるときがきっとくるよ。そして、そう、たのしそうにまどをあけて、そらをみあげてわらっているのをみたら、ともだちがびっくりするだろうね!きっと、あたまがおかしくなったっておもうよ。ぼくとあなたのあそびが、つまらないいたずらになるかもね・・・」
そして、またわらった。


「ものすごくたくさんの、ちいさなベルでいっぱいのほしぞらが、きれいなわらいごえをたてて、ぼくからのプレゼントだっておもえるようになるよ・・・」
またわらって、こんどはすぐにまじめなかおになった。
「こんやは、わかるでしょう・・・こないでよ」
ぼくはいった。
「きみをおいては、いけないよ」
「きっと、くるしがっているようにみえるよ。しんでいくようにみえるかもしれない。でも、そんなもんなんだ。みにこないで。つらいおもいはさせたくないよ・・・」
「きみから、はなれない」
おうじさまは、こまったというかおをした。
「いっとくけど、ヘビのこともあるんだ。あなたがかまれたらいけないでしょ。ヘビはいたずらずきないきものだよ。ふざけてかむかもしれない・・・」
「でも、ひとりにはできないよ」
そのときおもいだした。ヘビが2かいめにかむときは、どくがなくなっていることを・・・