夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第4章 屋根裏の小部屋

ポリーは、立って姪を迎え入れようとはしませんでした。
読んでいた本から目を上げると、ナンシーと少女が応接間の入り口にやっと姿を現したとき、指の一本一本に「義務」と大きく書いてあるような手を伸ばして握手をもとめました。

「ごきんげんいかが、ポリアンナ、わたしが・・・」
ポリアンナはそれ以上はいわせませんでした。部屋中を飛び回り、ポリーの冷たいひざにとびついたからです。
「あぁ、ポリーおば様!ポリーおば様。一緒に住めるようになってどんなにうれしいかとてもいえないわ」少女はすすり泣いていました。
「婦人会の人たちしか知らなかった後、おば様とナンシーに会えることがどれだけすてきなことか、ぜったいおわかりにはならないわ」
「もちろんです。わたしは婦人会の方々にお会いできる光栄には浴していませんから」
しかめっつらをして、からみついてくる小さな指をどけようとしながらポリーは答えて、冷たい目を入り口にいるナンシーに向けました。
「ナンシー、ご苦労様でした。行ってもよろしい。ポリアンナ、よい子だから、お行儀よくしてまっすぐに立ってみなさい。まだどんな姿なのか見る暇もありませんでした」
ポリアンナ、少し気弱く笑いながら、すぐに後ろに下がりました。
「そうですわね。でも、あまりきれいな子じゃないんです。そばかすがあるし。あぁ、それに赤いギンガムドレスと両ひじが白くすりむけている黒いベルベットの上着のことをお話しないと。ナンシーにはお父様がなんていったかをいっといたんですけど・・・」

「あなたの父親がなんていったかなど、もう考える必要はありません」ポリーはぴしゃりと口をはさみました。
「トランクはあるのでしょう?」
「ええ、ポリーおば様、そうでした。婦人会の人たちがくださったきれいなトランクを持ってきました。自分のものはあまり持っていないんで、たいして入っていないんです。寄付の箱には、最近小さな女の子のものが少ないから。お父様の本を持ってきました。ホワイト夫人がわたしが持っていくべきだっていったんで。だって、お父様は・・・」
「ポリアンナ」また、ポリーが厳しい口調で口をはさみました。
「今すぐに、一つ覚えておいて欲しいことがあります。それは、わたしの前であなたの父親のことを話してほしくないことです」
少女は息をふるわせながらいいました。
「ポリーおば様、どうしてですか?もしかして・・・」
ポリアンナは続けることをためらったので、ポリーがあとを続けました。
「階段を上がってあなたの部屋に行きましょう。たぶん、あなたのトランクは上にあるでしょう。トランクがあるようなら、ティモシーにあげておくようにいっておきましたから。
ポリアンナ、ついていらっしゃい」
ポリアンナは黙って振り向いて、おば様の後に続きました。目は涙で一杯でしたが、あごは誇らしげに上がっていました。

「おば様がお父様のことを話してほしくないっていったのは、いいことなんだわ」ポリアンナは考えました。
「お父様のことを話さないようにしたほうが、きっとつらくなくなるのかもしれない。だから、おば様はわたしにお父様のことは話さないようにって注意してくださったんだわ」
ポリアンナは、おば様の「親切」に感謝するべきだと思い直し、涙をふりはらっておば様を一生懸命見あげました。

階段に来ると目の前で、おば様の豪華な黒い絹のスカートが音をたてていました。その後ろには、開いたドアから、淡く色づいている敷物や、サテンで覆われているイスが見えました。床には小道に伸びた緑のこけのようなすばらしい絨毯(じゅうたん)がしいてありました。どの方向にも絵画の額縁が光っており、優雅なレースのカーテン越しのやわらかい日差しが目に差し込んできました。

「まぁ、ポリーおば様、ポリーおば様」少女は息をはずませていいました。
「なんて最高にすてきなすてきなうちなんでしょう!お金持ちでいらして、きっとほんとにうれしいでしょうね!」

「ポリアンナ!」階段をのぼりおわると、おば様はこわい顔をして鋭くいいました。
「そんなことを口にするなんて!恥ずかしいと思いなさい」
「どうしてですか?ポリーおば様、うれしくはないんですか?」ポリアンナは平然として聞きました。
「もちろん、うれしくなどありません、ポリアンナ。神様のおぼしめしでいただいたものを、誇らしく思うのは間違っています」邸宅の女主人は「金持ちであること」を否定しました。

ポリーは屋根裏部屋に行く階段へ歩きながら、子どもを屋根裏に住まわせるのは正解だったと思いました。最初は、子どもをできるだけ自分から遠くにおきたいのと、高価なものを壊されては困るという思いからでしたが、この子は、幼いのに高慢のきざしがあきらかに見えました。子どもにあてがわれる部屋が、質素で分相応であることに、ポリーは満足を覚えました。

ポリアンナは小さな足でおば様を一生懸命追いかけていました。彼女の大きな瞳は、すばらしい邸宅の中のきれいなものや興味深いものを一つも見逃すまいとしていました。これらのすてきな部屋をのぞき見た後で、どんなすばらしい部屋がもらえるのかしらという大きな期待に、少女の心は集中していました。カーテンや、敷物や絵などがかざられている、すてきで美しい部屋がわたしのものになるのかしら?突然、おば様はドアを開けて、もう一つの階段をのぼりはじめました。

ここにはみるべきものはほとんどありませんでした。はだかのかべが続いていました。階段をのぼりきると、両側の大きなスペースは暗がりになっており、天井がもう少しで床につきそうになっていました。そこには、数え切れないほどのトランクや箱がしまってありました。そして、暑くてむっとしていました。無意識にポリアンナは首をのばしていました。息がしにくかったからです。そして、おば様が右側のドアを大きく開けたのが見えました。

「ポリアンナ、ここがあなたの部屋になります。あなたのトランクは着いています。カギはありますか?」
「ポリアンナは黙ってうなずきました。目は大きく見開かれて、おどおどしているように見えました。
おば様は顔をしかめました。
「ポリアンナ、わたしが質問をしたときは、ただうなずくだけではなく、声を出して返事をなさい」

「はい、おば様」
「それでいいのです。必要なものはすべてあるはずです」
おば様は付け加えて、広いタオルかけと水差しに目をやりました。
「片付けるためにナンシーを呼びます。夕食は6時です」
いい終えると、部屋から出て階段を下りていきました。

ポリアナはじっと立ったまま、おば様を見送っていました。それから、大きな目を、むきだしの壁、むきだしの床、むきだしの窓に向けました。最後に、トランクを見つめました。それはついこの間まで、かなた西部にある自分の小さな部屋にあったのです。次の瞬間、ひざを折りトランクに倒れ掛かって顔を手でおおいました。

ナンシーはすぐその後に入ってきました。
「かわいそうなお嬢ちゃま」そう小声でささやきながら、床にひざまずき両手で少女をだきしめました。
「こうなることだと思ってた。こうしてるところをね、見るだろうと思ってね!」
ポリアンナは首を振りました。
「わたしは悪い子だわ、ナンシー、とってもとっても悪い子だわ、ナンシー」少女はすすり泣いていました。
「わたしには、神様や天使様たちが、お父様をわたしより必要だってことがどうしてもわからないのよ」
「あの人たちにもわかっていないんじゃないかね」ナンシーはぶっきらぼうにいいました。
「まぁ、ナンシー、なんてことをいうの?」少女の顔に恐怖が走り、涙が止まりました。

ナンシーは困ったような笑いを浮かべて自分の目を一生懸命にこすりました。
「さあ、さあ、お嬢ちゃん、もちろん本気でいったんじゃありませんよ」
そう明るくいいました。
「さぁ、カギを出して。さっさと服を片付けてしまいましょうよ。さっさとね」
ポリアンナは涙にうるんだ目でカギをわたしました。
「でも、そんなにはないから」小さくいいました。
「じゃぁ、片付けるのは楽じゃない」ナンシーはいいました。
ポリアンナは急に明るくほほえみました。
「そうなのよ。それで喜べるじゃないの、ねっ?」
ナンシーは少女を見ました。
「えっ、も、もちろんです」うかない顔で答えました。

ナンシーは慣れた手つきでテキパキと本やつぎはぎだらけの下着、少女に似合わないドレスなどを片付けていきました。

ポリアンナはもう勇敢にもほほえんでおり、ドレスをたんすにかけたり、本をテーブルに重ねたり、下着をひきだしにしまったりと飛び回っていました。

「絶対すてきな部屋になるわ。そう思わない?」しばらくしてためらいがちにいいました。
答えはありませんでした。ナンシーはトランクの中に頭をつっこんで忙しかったからです。ポリアンナは机のわきに立って、少しうらめしげにはだかの壁を見つめていました。

「ここに鏡がないのもうれしいわ。鏡がなければ、自分のそばかすもみえないんですもの」

ナンシーはのどから奇妙な音をたてましたが、ポリアンナがふりかえるとあわててまたトランクに頭をうずめました。窓のわきにたたずみ、少ししてから、ポリアンナは手をたたいてうれしげな笑い声をあげました。

「あぁ、ナンシー。これを見ていなかったわ」少女は息をはずませました。
「ほら、道がのびて、木が立っていて、家がたくさんあって、きれいな教会のとんがった屋根が見えるわ。川は銀のように光っているし。ナンシー、この景色をみればどんな絵だって欲しくはないわ。あぁ、この部屋をいただけてどんなにうれしいかしら!」

次の瞬間、ナンシーがわっと泣き出して、ポリアンナは悲しくなるのと同時に驚いて、急いで彼女に駆け寄りました。
「どうしたの、ナンシー、ナンシー、なんなの?」そして恐れをいだいたようにいいました。
「もしかして、ここはあなたの部屋だったの?」

「あたしの部屋ですって!」怒って涙にむせびながら、激しく言いました。
「もし、あんたが天国から真っすぐやってきた小さな天使様じゃなくって、軽蔑されるのは真っ平ごめんって人間が目の前にいたとしたら・・・あぁ、世界よ!天使様のベルが聞こえるかい!」奇妙な言葉を残して、ナンシーはバタバタいわせて部屋を飛び出し、階段を駆け下りていきました。

一人取り残されたポリアンナは、彼女の「絵画」をみつめて、窓からすばらしい景色を想像していました。それから、飾りひもにおずおずとさわってみました。もうこれ以上、そこの暑さには耐えられそうにもありませんでした。飾りひもが指で動かせたのをうれしく思いました。次の瞬間窓は大きく開いて、ポリアンナはさわやかな空気を思いっきり吸い込みました。

ポリアンナはもう一つの窓に駆け寄りました。すぐにそれも大きく開きました。大きなハエが鼻をかすめて入り込みブンブンと部屋を飛び回りました。ハエは次々と入ってきましたが、ポリアンナは気にしませんでした。

うれしい発見がありました。その窓に向かって、大きな木が太い枝を伸ばしていることでした。ポリアンナには、太い腕を伸ばしてさそってくれているように思えました。急にポリアンナは笑い転げました。

「きっと、できるわ」くすくす笑いました。次の瞬間窓枠に飛び乗りました。そこから、枝に移るのは簡単でした。それから、サルのように枝を伝って、一番下の枝まで降りていきました。木に登り慣れているポリアンナには、そこから地面に飛び降りることなどなんともありませんでした。それでも息をとめて、細くても強い腕で体をゆすり、両手と両足でやわらかな芝生に降り立ちました。それから立ち上がり、自分の体を調べました。

少女は家の裏手に出たのでした。目の前には庭が広がり、腰の曲がった老人が働いていました。庭の向こうには、小道が原っぱにつながっており、そこから険しい坂になっていて、丘の上には一本の松の大木が両脇に大岩をしたがえてそびえていました。ポリアンナには、その大岩の上が世界で一番行ってみたい場所のように思えました。

走りながら、くるくる回り、ポリアンナは老人のわきをスキップで通り抜け、野菜の間を駆け抜けました。原っぱにつづく小道に着いたころには、少し息切れがしてきました。絶対にあの岩にのぼろうと決めていました。でも、岩までたどりつくにはずいぶんあることがわかってきました。窓から見たときはあれほど近く見えたのに!
15分後に、ハリントン屋敷の廊下の大時計が6時を打ちました。最後の鐘が打ち終わるのと同時に、ナンシーが夕食を知らせる鐘を鳴らしました。
一分、二分、三分が経過して、ポリーはしかめっつらをして、床をスリッパでならしました。いらいらして立ち上がり、ホールに入って階段を見上げて、落ち着きませんでした。しばらく耳をすませていましたが、向きを変えて台所に入ってきました。

「ナンシー」小柄な女中が現れると、きつい調子でいいました。「あの子は時間に遅れました。呼んでやる必要はありません」ナンシーが階段を上がりかけたので、厳しく言い足しました。「あの子には時間をきちんといってありますから、その罰は受けなければいけません。それで時間を守ることをを覚えるでしょう。下りてきたら、台所でパンとミルクをやってください」

「はい、奥様」
ポリーはナンシーの表情が変わるのを見ていなかったので、よかったのかもしれません。

夕食が終わって手が空くとすぐに、ナンシーは階段をのぼって屋根裏部屋に向かいました。
「パンとミルクだって!あのかわいそうな子は泣きながら寝なきゃいけないよ」
怒りながらつぶやいて、そっとドアを開けました。次の瞬間、恐怖の叫び声をあげました。
「どこにいるんだい?いったい、どこにいっちゃったんだろ?」
息を弾ませて、たんすの中、ベッドの下、それからトランクの中や、水差しの下まで調べました。それから階段を駆けおりて、トムじいやがいる庭に飛び出しました。

「トムじいや、トムじいや、あの子が消えちゃったよ」
ナンシーはわめきました。
「天国から来て、一直線に帰っていってしまったんだよ。かわいそうに、奥様は台所でパンと牛乳をやるようにっていったんだよ。今ごろは天使様の食べ物を食べてなさるよ、きっと、きっと!」
老人は腰をのばしました。
「消えた?天国だって?」とぼけた様子で繰り返し、そっと壮大な夕日に目をやりました。そして、いたずらっぽい笑いをうかべてゆっくりと向き直りました。
「そうさな、ナンシー、あの子といると夜の天国にいるように思えるだろうさ。確かにね」
老人はうなずいて、曲がった指で赤く色づいた空を背に、風に吹かれてくっきりと輪郭を現しているすらりとした姿が、大岩の上に立っているのを指差しました。

「そうだね、あの子はあたしが思っていたように、今夜天国に行くってわけじゃなさそうだね」ナンシーもいたずらっぽく笑いながらいいました。
「もし奥様から聞かれたら、ナンシーは皿洗いを忘れたわけではありませんっていっておいておくれ。ちょっと散歩に出かけたって」ナンシーは肩をはると、野原に続く小道へと急いで歩いていったのでした。