夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第5章 ゲーム

ポリアンナお嬢様、世界に誓って、いったい全体どれだけあたしを怖がらせれば気がすむんですかね」
ナンシーは息をはずませて大岩に向かって歩いていくと、ポリアンナは名残惜しそうに滑り降りてきたところでした。
「怖がらせちゃったの?まぁ、ほんとにごめんなさいね。でも、ナンシー、わたしのことでは絶対にこわがってちゃいけないわ。お父様も婦人会の人もみんななれっこになっていたのよ。いつも最後はちゃんと帰ってくるってことがわかってたから」

「でも、あたしは、あなたがどこへ行ったかさえ知らなかったんですから」ナンシーは少女の腕をつかんで急ぎ足で丘を下りていきました。「出て行くところも見ませんでしたし、誰も気づきませんでした。きっと、屋根から一直線に飛んで行ったにちがいないね。そうだ!そうだ」

楽しげにスキップしながらポリアンナは答えました。
「そうよ。ほとんど合ってるけど・・・空に舞いあがったわけじゃなくて、空から降りたの。木をつたって降りたのよ」
ナンシーは一瞬立ち止まっていいました。
「なんですって?」
「窓の外に伸びている木をつたって降りたの」
「驚いた、驚いた!」ナンシーは鼻息もあらくいい、また急ぎ足になりました。
「奥様がなんていうか想像もつきませんよ!」
「そうなの?じゃぁ、わたしがいうわ。そうしたら、おば様がなんていうかわかるでしょう」朗らかに少女はいいました。
「あぁ、神のお恵みを!とんでもない!とんでもない!」ナンシーは大声でいいました。
「どうして、おば様がそんなこと気にするかしら?」ポリアンナは平気で続けました。
「あぁ、その、あの・・・もういいです。あ、あたしには、奥様がおっしゃることが、なんでもわかってるわけではないんですから」ナンシーはどもりながら、なんとかして奥様からポリアンナを守りたいと思っていました。
「とにかく、急ぎましょう。まだ皿洗いが残っているんで」
「わたしも手伝うわ」ポリアンナはすぐいいたしました。
「あぁ、ポリアンナお嬢様!」ナンシーはうめき声をあげました。
少し沈黙が続きました。空はあっという間に暗くなっていきました。ポリアンナは友だちの腕をしっかりとかかえていいました。
「あなたをちょっと驚かせちゃったけど、今はうれしいわ。だって、後を追ってきてくれたんですもの」少女は体をふるわせました。
「かわいそうな、お嬢様!おなかも減っているでしょう・・・残念ですが、あたしと一緒に台所でパンとミルク召し上がるようになります。夕飯に下りていらっしゃらなくて、奥様は機嫌をそこねられたんです」
「でも、あそこにいて、帰られなかったんですもの」
「そうですけど・・・奥様はご存じなかったんで!」
ナンシーは少女を見やって、かわいた笑い声をたてました。
「パンとミルクだけでごめんなさいね」
「あら、わたしうれしいわ」
「うれしい?どうして?」
「わたし、パンとミルクが好きだし、あなたと一緒に食べるのも好きだわ。これを喜ぶのは簡単だわ」
「罰だと思わないんですか。いつも喜んでるんですね」
先ほど、屋根裏部屋を喜ぼうとしていたポリアンナの勇気ある姿を思いだして、のどをつまらせました。
ポリアンナは静かに笑いました。
「これはゲームなの。だから」
「ゲームですか?」
「そう喜び探しのゲームなの」
「いったい全体、なんの話ですか?」

「あら、ゲームよ。お父様がわたしに教えてくれたの。とってもすてきよ」
ポリアンナはそばに来ていいました。
「いつもそれで遊んでいたわ。わたしがとっても小さかったころから。婦人会の人にも教えてあげたの。何人かは挑戦しているわ」

「どんなものですか?あたしは、ゲームなんかしないんですけど」
ポリアンナはまた笑って、今度はため息をつきました。
夕闇の光があつまって、少女の顔は細く、ぼんやりと見えました。
「それは、寄付の箱に松葉杖が入っていたことが始まりなの」
「松葉杖ですか!」
「そうなの。わたしはお人形が欲しくって、お父様は手紙にそう書いてくださったの。でも、箱がとどくと、婦人会の人から手紙が来ていて、人形はありませんが、子ども用の松葉杖が入っていましたって。だから、いつか要りようの子どもがいるかもしれないって。それがゲームの始まりになったの」
「まぁ、それがどんなゲームになるんだか、あたしにはさっぱりわかりませんよ、まったく」ナンシーはほとんどぶっきらぼうにいいました。
「えぇ、だからいつでも、どんなことでも喜ぼうとすることが、ゲームになるんじゃない。どんなことでもよ」ポリアンナは熱っぽくいいました。
「だから、さっきの松葉杖から始めたの」
「うーんと、難しいですねぇ。あたしには、どうしたって、人形が欲しいときに、松葉杖がきたら喜べることは見つかりませんよ」

ポリアンナは両手をたたきました。
「あるのよ、あるのよ!」ポリアンナの声は大きくなっていきました。
「でも、わたしも最初は探せなかったの。お父様がおっしゃるまでは」すぐに正直にいいたしました。
「それじゃあ、いってくださいよ」ナンシーが少しじれったそうにいいました。
「それはね、松葉杖がいらないで済んでいるってことよ!」
ポリアンナは勝ち誇ったようにいいました。
「でしょう、こつさえわかれば、簡単でしょう!」
「へぇ、へんてこな遊びですね」ナンシーはため息をつくと、ポリアンナを心配そうに見やりました。
「あら、へんてこじゃなくて、すてきなのよ」ポリアンナは力を込めていいました。
「それからずっと続けているの。喜びを探すのが難しければ難しいほど、おもしろくなってくるのよ。ときには、あまりに難しくって無理だって思いそうになることもあるけど。お父様が天国に行ってしまって、婦人会の人たちしかいなくなってしまったときとかね」
「まったくですよ。それからお屋敷の中で、質素で小さな何もない屋根裏部屋に入れられてしまったときとかね」ナンシーは怒ったようにいいました。
ポリアンナはため息をつきました。
「確かに、最初はあれは難しかったわ。とくに、一人ぼっちの時なんかね。ゲームをする気がなくなっていて、きれいなものにあこがれていた時だったから。それで、鏡で自分のそばかすを見るのがいやっだってことを思い出したの。それから、窓越しにすてきな景色が見えたの。それから、あなたとお知り合いになれてうれしいって思ったの。わかるでしょう、喜びを探していたら、お人形が欲しいとか、他の事を忘れちゃうのよ」
「はぁ!」ナンシーはのどにつまったかたまりを飲み込もうとしました。

ポリアンナはため息をつきました。
「たいていのときは、喜びを探すのに時間はかからないわ。今は時間がたくさんあるから、考えなくても出てくるし。もう長い間遊んでいるんですもの。お、お父様とわたしはこのゲームが大好きだったわ」ポリアンナの声が小さくなっていきました。
「でも、今は少し難しいわね、ゲームの相手がいないんですもの。ポリーおば様が一緒に遊んでくださるかしら」少し考えながら付け足しました。

「驚き、驚きだよ!奥様がですって!」ナンシーは歯の奥から息を吐き出しました。それからいたずらっぽい顔をして大声でいいました。
ポリアンナお嬢様、あたしはゲームは下手でしょうし、いまだにどう遊ぶのかわからないんですが、あたしがお相手になりましょう。乗りかかった舟ですから。そうですとも!」

「まぁ、ナンシー!」ポリアンナはうれしそうに叫んで、愛情を込めてとびつきました。
「最高だわ!うれしくならない?」

「あぁ・・・そうですね」あまりのり気でなさそうにナンシーが答えました。
「でも、あんまりあたしに頼っちゃいやですよ。ゲームなんてやったことがないですし、このゲームには年をとりすぎてるような気がしますよ。いつかは他のゲーム友だちを見つけてくださいよ」そういい終わると、二人は台所に着きました。

ポリアンナはパンとミルクをぺろりとたいらげると、ナンシーの勧めで、おば様が読書をしている居間に入りました。ポリーは冷たい一瞥を与えました。
ポリアンナ、食事は済ませましたか?」
「はい、ポリーおば様」
「来たそうそうから、台所にやられてパンとミルクだけの食事を済まさなくてはならなかったことを気の毒に思います」
「ポリーおば様、そう決めてくださって、ほんとうにうれしいです。パンとミルクは好きですし、ナンシーも好きなんです。気の毒だなんてちっとも思うことはありませんわ」

ポリーはイスの上で少し体を起しました。
ポリアンナ、もう遅いですから寝る時間です。大変な一日でしたし、明日はあなたに必要な洋服を見立てるために出かけます。ナンシーがロウソクをつけてくれるでしょう。火にはくれぐれも気をつけなさい。朝食は7時半です。時間どおりに下りられるか見ています。おやすみ」

ポリアンナは、思わずおば様に飛びつきました。
「おかげで、今日は、最高に楽しく過ごせました」満足そうにため息をついていいました。「一緒に住むことができて、本当にうれしくなるだろうって思っていましたが、でも、今はもっと早く来れば良かったって思ってます。おやすみなさい」そう、うれしそうにいうと、小走りで部屋を出て行ってしまいました。

「まぁ、信じられない!」ポリーは人にも聞こえるぐらいの独り言をいいました。
「いったい、なんて変わってる子なんだろう!罰をあたえれば、『うれしい』ですって。それに『気の毒だなってちっとも思わなくてもいい』ですって。それから『わたしと住んでうれしい』ですって。信じられない!」またそういって、本を取り上げました。

15分後に、屋根裏部屋では、シーツを握り締めて孤独な少女が涙を流していました。

「天国にいるお父様、わかってます。わたしのゲームがちっとも進みません。お父様だって、こんな真っ暗なところで一人で寝なくちゃいけないんだったら、喜ぶのは難しいと思います。もし、ナンシーやポリーおば様や、婦人会の人でもいてくれれば!」

階下の台所では、ナンシーが遅れた仕事を取り戻すために大忙しで働いていました。たわしをミルクビンにつっこんで、乱暴につぶやいていました。
「おかしなゲームだよ。人形がほしいときに松葉杖がきて喜べだってさ。でも、あたしなりにやってみるよ。あの子がつかまれる岩になるんだからね。なんだって、あたしは、やってみせるからね、絶対、絶対!」