夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

ポリアンナ 第9章 あの人の秘密

次に、ポリアンナがあの紳士に会ったのは、雨の日でした。それでも、ポリアンナは明るい笑顔であいさつしました。
「今日は、そんなにいい日っていえませんよね」いたずらっぽくいいました。
「毎日が雨じゃなくてよかったって思います!」
今回は、紳士は振り向くこともせず、鼻をならすこともしませんでした。
ポリアンナは、もちろん、紳士が聞こえなかったんだと思いました。翌日にまた会えたのですが、今度は、もっと大きな声でいってみました。
そうしなければいけないと思ったのです。とにかく、その紳士は、歩いていて、両手を黒い上着の後ろに組んで地面を見つめていたのですが、ポリアンナの目には、お日様が照っていて、さわやかな朝の空気がただよっている時には、不釣合いな態度だと思いました。めずらしい朝のお使いの途中で、ポリアンナははりきっていました。

「ごきげんいかがですか。昨日みたいじゃなくて、良かったですね」
紳士は突然足を止めました。顔は怒りを含んでいました。
「お嬢さん、よく聞きなさい。ここではっきりさせよう。わたしは天気のほかに考えることがあるんだ。晴れていようがいまいが、関係ない」
ポリアンナは喜んでいいました。
「ええ、そうだと思ったんです。だからお天気のことをいってみたんです」
「えっ、なんだって?」 自分が正しく聞いたかを確かめるように、鋭く聞き返しました。
「今いったのは、だから、お天気のことをいったってことです。わかってもらえるようにと思って。お日様は輝いています。そして、ずっとそうです。もし、そのことに気づけば、うれしいって思えるはずです。でも、お日様のことには、気づいてなさそうだったんですもの」
「まったく、なんて・・・」紳士は吐き出すようにいって、もう、お手上げだという奇妙な身振りをしてみせました。それから、立ち去ろうとしましたが、また顔をしかめたままで、足を止めました。
「ねぇ、どうして、同じぐらいの年の子を話し相手にしないのかい?」
「えぇ、そうしたいんですけど、この近所には誰もいないって、ナンシーがいってました。でも、そんなことは気にならないんです。大人の人も好きですし、時には・・・婦人会の人たちに慣れていたら、大人の方が好きかもしれません」
「へっ、婦人会の人たちだって、まったく!わたしを、婦人会の人たちのかわりにしようっていうのかい?」紳士の口元には、思わず微笑がうかびそうになりましたが、いかつい表情をなんとかして保とうとしていました。

ポリアンナは楽しげに笑いました。
「いいえ、とんでもない。あなたはちっとも婦人会の人には見えないわ。でも、もちろん、あなたは婦人会の人と同じくらいいい人だって思うけど。もしかしたら、もっといい人かもしれないわ」それから、あわてて、丁寧になるようにいいました。「きっと、あなたは、見かけよりもっといい人だって思うんです」

紳士は、ぐっと飲み込んでのどから奇妙な音をたてました。
「まったく、なんて・・・」また、吐き出すようにいうと、さっきのようにきびすを返して行ってしまいました。

次にポリアンナが紳士と会った時、紳士は穏やかな目でまっすぐ彼女を見つめていたので、ポリアナは、その方がずっと感じよく見えると思いました。
「こんにちは」紳士は少し固い調子で話しかけました。「たぶん、太陽が照っているのを知っていますよと切り出したほうがいいでしょうな」
「ええ、でもいってくださらなくても、大丈夫です」ポリアンナは明るくいいました。
「一目見ただけで、あなたたがそれに気づいていらっしゃるって、わかりましたから」
「おや、おや、そうなのかい?」
「ええ、そうです。あなたの目にも、ほほえみにも、太陽が輝いているわ」
「ふん!」鼻を鳴らすと、紳士は行ってしまいました。

それから、紳士はいつもポリアンナと話すようになりました。たいていは、紳士のほうから「こんにちは」と短いあいさつの言葉をかけてくれました。ポリアンナと一緒にいて、紳士があいさつするのを見たナンシーには、それだけでも大変な驚きでした。

「まあまあ、お嬢様」ナンシーは叫びました。
「あの人が話しかけるんですか?」
「そうよ、いつもそうなの・・・そうなったの」ポリアンナは微笑みました。
「いつもだって!おや、まあ!あの人が・・・誰か・・・知っているんですか?」

ポリアンナは眉をひそめて、首を振りました。
「あの人は自分の名前をいうのを忘れてしまったんだと思うの。わたしはちゃんと自分の名前をいったんだけど、あの人はいわなかったの」

ナンシーは目を大きく見開きました。
「でも、あの人は、子どもだろうが、誰であろうが、誰ともしゃべらないんですよ。もう何年もそうなんです。たぶん、用事があるときは別でしょうけど、話すときはそれだけです。あの人は、ジョン・ペンデルトンっていうんです。ペンデルトンの丘の大きなお屋敷に一人で住んでいるんです。家にはお料理をしてくれる人も誰もいないんです。だから、ホテルに一日三回、食べに来ます。そこでウエイトレスをしているサリー・マイナーから聞いたんですが、自分が何を食べたいかってことすら、満足にいわないんですって。サリーは、二回に一度は、気を利かせて、安いメニューから適当にみつくろって出してあげるんですってよ。いわれなくてもそれがわかるって」

ポリアンナは同情するようにうなずきました。
「わかるわ。お金がなければ、安いものを食べるしかないものね。お父様とわたしは、よく外食したのよ。食べるものは、いつもだいたい豆とフィッシュ・ボールだったわ。豆が好きでどんなに良かったかって、よくいったものよ。七面鳥の丸焼きを出すレストランを見かけた時は、とくにそういいあったものだわ。60セントもするのよ。ペンデルトンさんも、豆が好きなのかしら?」

「豆が好きだって?そんなこと・・・知ったこっちゃありませんよ。あぁ、ポリアンナお嬢様、あの人は貧しいんじゃありませんよ。ジョン・ペンデルトンは、お父さんの遺産を受け継いで、うなるほどお金を持っているんですよ。あれほどお金持ちの人は、町には誰もいませんよ。食べたきゃ、一ドル札だって食べますよ。それが何だかってこともわからずに」
ポリアンナはクスクス笑いました。
「かんでみて、それが何かわからなかったら、一ドル札だって食べる人がいるみたいじゃない、ナンシー」
「はぁー、あたしがいいたいのは、それができるぐらい、お金持ちだってことですよ」
ナンシーは肩をすくめていいました。「お金の使い方を知らないんです。だからためこんでいるんですよ」
「あぁ、異教徒の人たちのためにね」ポリアンナは考えました。
「なんて、ほんとにすてきなの!それは自分を抑えて、苦難に耐えることだって、お父様がいってらしたわ」
いらついたナンシーの口から、怒りの言葉が飛び出そうになりましたが、人を信じているポリアンナの幸せそうな顔を見て、あわてて言葉を飲み込みました。
「ふん!」そこで、ペンデルトン氏への追求は終わりにしました。また、さっきの話題に戻していいました。
「でも、あの人がお嬢様に話しかけるって、まったくおかしなことですよ。あの人は誰とも話さないんですからね。大きなすてきなお屋敷に独りで住んでいて、立派なものに囲まれているって、みながいってました。気が狂っているっていう人もいるし、付き合わないようにしている人もいるし、たんすの中に白骨を隠しているっていう人だっているんですよ」

「あら、ナンシー!」肩をすくめてポリアンナはいいました。「そんな怖いものをとっておくわけないわ。きっと、捨てちゃってるわよ!」

ポリアンナが、比喩的にとらずに、文字通りにとったのがおかしくて、ナンシーはクスクス笑いました。ポリアンナのいわんとすることはわかったのですが、それを正そうとはしませんでした。

「みんな、あの人は奇妙な人だっていってるんですよ。ここ数年、数週間ずつ出かけていく生活を繰り返しています。行き先は、いつも異教徒の国なんですって。エジプトやアジアやサハラ砂漠なんかですよ」
「ああ、布教のためにね」ポリアンナはうなずきました。
ナンシーは困ったような笑いを浮かべました。
「そうはいってませんよ、ポリアンナお嬢様。あの人は戻ってきたら、変わった本を書くそうですよ。異教徒の国で見つけたつまらないことなんかですよ。でも、ここではお金は一銭も使いたくないんです。楽しく生きるために使おうなんて思ってやしませんよ」
「もちろうそうでしょう。だって、異教徒を救うために、ためているんですもの」ポリアンナはきっぱりといいました。
「でも、あの人はおかしな人ね、変わっているのね。スノウ夫人みたいに。ただどう変わってるかってことが違うだけね」
「そうですね、あの人は、むしろ・・・」ナンシーがクスクス笑いました。
「とにかく、あの人が話してくれるようになったことが、もっとうれしくなってきたわ」ポリアンナは満足そうにためいきをつきました。