夕焼け色の記憶

翻訳した作品を中心に、オーストラリアから見て思ったことなどをつづっていきたいと思います。シドニー在住

星の王子さま ブログで読める新訳 VII-1

いつかめに、いつものことだけど、またヒツジのおかげで、ちいさなおうじさまのなぞがとけた。
とつぜん、それまでだまっててずっとかんがえこんでいたみたいに、なんのまえぶれもなくきいてきた。


「ヒツジが、『ちいさなき』をたべるんなら、はなもたべるの?」
「ヒツジは、ちかくにあるものならなんだってたべるよ」
「トゲがあるはなでも?」
「もちろんさ。トゲがあるはなでもおなじことさ」
「じゃあ、トゲはなんのためにあるの」


ぼくには、そんなことはどうでもよかった。どうやったらエンジンにしっかりはまっているネジがはずせるのをかんがえていた。エンジンはひどくやられていたし、のみみずもすくなくなっていて、たいへんなことになりそうだった。


「じゃあ、トゲはなんのためにあるの」
ちいさなおうじさまは、いったんききだすとあきらめなかった。ぼくは、ネジのことでいらついていたから、とっさにあたまにうかんだことをいった。
「トゲなんて、なんのやくにもたちはしないさ。はなにトゲがあるのは、いじわるだからだ」
「えっ!」
しばらくだまりこんでいたけど、おうじさまははらただしげにいった。
「そんなのうそだよ。はなはかよわいんだ。せかいをしらないから、じぶんはしっかりやっているとおもっているんだ。トゲがつよいぶきだってしんじてるんだよ・・・」


ぼくはこたえなかった。こんなことをかんがえていた。「もしこのネジがまわらなかったら、ハンマーでたたきだすしかないな」
でも、おうじさまが、ぼくのかんがえのじゃまをした。
「ほんとうにそうおもってるの、はなが・・・」
「もう、いいかんげんにしてくれないか。ぼくは、なにもしんじてなんかいないよ。さっと、あたまにうかんだことをいったまでさ。じゅうだいなことでいそがしいってことが、わからないのかい!」
そのこは、びっくりしていった。
「じゅうだいなことだって!」


ハンマーをもったぼくのてはあぶらでまっくろで、かがみこんでみているものは、そのこにとってはみっともないものにしかみえなかった。
「やっぱりおとなみたいしゃべるんだ!」
そのことばに、ぼくはすこしはずかしくなった。でも、きみはそこでやめなかった。
「なんでもごちゃまぜにして、なにがなんだかわからなくなっているんだ」
おうじさまは、ものすごくおこっていた。かぜにきんいろのまきげがゆれていた。
「ぼくは、あからがおのおとこがすんでるほしをしってるよ。そのひとは、はなのにおいをかいだこともないんだ。ほしをみあげたこともないんだ。だれもすきになったこともない。たしざんしかやったことがないんだ。それで、いちにちじゅう、なんかいもくりかえしていうことは、あなたみたいに『じゅうだいなことでいそがしい!』って、それでとくいになっているんだ。でもそんなのにんげんじゃない、ただのキノコだ!」
「なんだって?」
「キノコだよ!」


おうじさまは、いかりにふるえてあおじろくなっていた。
「はなはトゲをはやすのに、ひゃくまんねんもかけたんだ。そしておんなじひゃくまんねんのあいだに、ヒツジはずっとはなをたべてきたんだ。やくにたたないトゲに、はながどんなにいっしょうけんめいだったかをわかってあげることが、なんでじゅうだいじゃないの?ヒツジとはなのあらそいは、じゅうだいじゃないってわけ?どうして、あからがおのおとこのたしざんのほうが、じゅうだいなの?せかいにたったひとつしかないはなが、ほかのどこでもないぼくのほしでおおきくなって、あるあさ、わけのわからないヒツジがパクッてたべてしまったら!あぁ!それがじゅうだいじゃないなんて、どうしていえるの!」


はなしつづけるうちに、あおざめていおうじさまのかおは、あかくなってきた。
「なんびゃくまんあるほしのなかで、たったひとつさくはなを、こころからあいしているひとがいたら、ほしをみあげるだけでしあわせになれるよ。そのひとは、こころのなかでいうんだ。『このどこかに、ぼくのはながさいている』って。だけど、ヒツジがそのはなをたべてしまったら、たちまちぜんぶのほしがくらくなっちゃう。それがじゅうだいじゃないっていうの!」


そのこはもうそれいじょういわなかった。のどからすすりなきのこえしかでなくなっていたから。